大斧の女
チカコといる時間こそ、幸福そのものだ。
よく笑い、時に拗ねて、コロコロ機嫌が変わる彼女が好きだ。
そんな、彼女にも、唯一にして最大の欠点がある。いや、欠点というより、不可解な点か。
それは、いつも超巨大な斧を持ち歩いていることだ。
長さ3メートル、刃幅が1メートルほどある、一振りで屋久杉をなぎ倒せそうな大斧を、いつもデートに持参している。
旅行者がキャリーケースを引きずるように、地面にカラカラ大斧を引きずらせながら、彼女は待ち合わせ場所に現れる。
幽遊白書の武威が持っているような大斧を可憐な少女が持ち歩く姿は、常軌を逸しており、さすがに初デートの時には、大斧を持っている理由を尋ねた。
曰く、心配性な父親が、東京は怖い所だからと、上京する時に大斧を持たせたというのだ。
故郷の五島列島から、この大斧を引きずり、引きずり、東京へ出てきた彼女とその家族の異常性は途轍も無いが、僕は、その件には、目をつぶっている。
なぜなら、彼女が、とんでもなく可愛いからだ。
大斧を常に持っているサイコパスさを差し引いても、僕はチカコを失いたくない。
小顔によく似合うショートボブの細い髪、ノースリーブのワンピースに映える薄い肩と華奢な腕、大斧の重量を物語る血マメが何度もできては潰れてカチカチになった手のひら。
その、どれもが愛おしい。
一度、彼女が、大斧を使うところを見たことがある。夜道、大の苦手なゴキブリが、彼女に向かって飛んできた。彼女は、自分の体より大きい鉄塊を片手でヒシュッと水平に振り、ゴキブリの躯体を真っ二に斬撃し、絶命させた。
どうやら、あれだけの大斧を自在に操り、小さな虫さえ的確に斬り裂く精密な技術を習得しているらしい。
それでも、僕は、初デート以来、彼女と大斧の話を一切していない。
本当は、なぜそんな大斧を使いこなしているのか、たまに斧が刃こぼれしているが何があったのか、斧の側面にある〝斬破一族〟という刻印はなんなのか、問い詰めてみたくなるが、彼女が、話したくないなら、僕も聞かない。
彼女の全てを知りたいなんて、思わない。
僕はただ、大斧を肩に担いだまま、クレープを頬張る彼女の横顔を一秒でも長くみていたいだけなのだ。
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