法廷にシークレットブーツを履いてきてしまった証人
背中にじっとりとかいた汗が、グレーのTシャツに沁みていくのを感じた。
背後の傍聴席には、私の焦りが伝わっているだろう。
ワイドショーを賑わしているあのバニーコスプレおじさん通り魔事件の現場を目撃してしまった私は、微塵もない正義感にもかかわらず、日当8000円につられ、証人として法廷に召喚された。
そんな私が、いま、脂汗をかいているのには、理由がある。
それは、裁判官が告げた一言。
「法廷で嘘をつけば偽証罪に問われる可能性もあります。」
狼狽した。
何を隠そう、いま私は、シークレットブーツを履いている。
ソールが8センチ、インソールが7センチの、極厚底シークレットブーツを履いている。
シークレットブーツは、「自分を大きく見せる嘘」の最たるものだ。
事件とは関係ないにせよ、私はいま法廷で嘘をついている。
神聖な場である法廷で、嘘をつく不誠実で不埒な人間。
それが私の正体だ。
思えば私は、これまでの人生で、百万の嘘をついてきた。
遅刻する時は「中央線が遅延してて」と言い訳をして、
中退した大学を最終学歴とし、
経験人数を時には多く、時には少なく語り、
出身地を聞かれた時に、奈良なのに「大阪らへん」と答えた。
息を吐くように嘘を並べ、虚栄心だけに囚われ生きてきた。
そして、この後に及んで、神聖な法廷で嘘をついている。
こんな人間が証言をしていいのだろうか。
自問を繰り返した。
とうとう滝のように汗が滴り、ひたすら押し黙る私の様子に、法廷がざわつき出した。
いや、私はもう、このままの私でいたくない。
意を決して、その場で靴を脱ぎ捨てた。
やたらと腕の短い中肉中背だった私は、ただの小男になり下がった。
目も当てらないほど惨めだが、それでもいい。
嘘で塗り固められた昨日まで自分とはオサラバだ。
そして、私は、良心に従って真実を述べ、何事も隠さず、また、何事も付け加えないことを、声高に宣誓した。
結局、入廷時より15センチ縮んだ私の証言は、バニーコスプレおじさんを見事に有罪へと導いた。
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