聴診器がながい
医師は、かれこれ8分ほど聴診器を私の胸に当て続けている。
服をまくしあげた状態での、8分間は驚くほどながく、苦痛だ。
2分を過ぎたあたりで、「どこか悪いのでしょうか」と聞いた。5分を超えたところで、「精密検査が必要なのですかね」と尋ねた。
だが、医師は無言のまま、瞼を閉じ、私の体内音に耳を澄ましている。
6分くらいで恐怖を感じ、7分ぐらいで少し笑った。
診察室に時計があったことは、幸いだった。
この部屋にもしも、時間を計るものが無ければもう発狂しているかもしれない。
10分が経つ直前、嫌味まじりに「寝ちゃいました?」と問いかけたが、勿論、返事はない。
前に、路上で銅像になりきるストリートパフォーマーの話を聞いたことがあるが、同じ姿勢で静止し続けるのは、身体に相当な負荷がかかるらしい。
この年老いた医師にそんな筋力があるとは思えないので、私の意識を除いた全ての世界の時が止まったのかと超科学的推察に飛躍しかかったが、時計の針は進んでいるし、窓の外から蝉の声も聞こえている。
それに、この医師、時折、うーん、と唸るような声を発する。おそらく、絶命もしていないだろう。
服をまくしあげているせいで、腹を冷やし便意でも催していれば、トイレに行くという口実でこの状態から抜け出せられるかもしれないが、嘘をつくのは違うと、他にこの場から逃げ出す正当な理由を考えているが、思いつかない。
もう少し早く、この状況への疑問を、強めに主張していれば。
もう15分以上も受け入れておきながら、今さら、長すぎるなんて言えない。
そうだ、私は、いつも間が悪い。
7年付き合った恋人はプロポーズのタイミングを逃して離れていってしまったし、仕事のミスを上司に報告するタイミングをうかがっている内に取り返しのつかない損失を出してしまい、この田舎町に左遷させられた。
そして、土地勘もないまま、体調を崩し、近所の診療所に飛び込みで入ったら、聴診器がながい。
私に巻き起こる災難の一切は、私の間の悪さが原因なのかも知れない。
こうなったら、もう、とことん、静止した世界の終焉を、受け身のまま、見届けようと思う。
ただ、今まさに、胸に聴診器を当てられた状態で、この文章を打っているので、顛末を伝えられないのが残念だ。
今、27分が経った。
#コント #小説 #ショートコント #短編小説 #戯曲 #エッセイ #日記
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?