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ノルウェイの鯖

僕は二十七歳で、そのとき定食屋のカウンターに座っていた。

いつも頼むメニューは決まっている。

それはこのお店で一番人気の「ノルウェイの鯖」だ。

女将さん曰く、ノルウェイ産の鯖は、脂がのっているのに身が締まっていて火を通してもパサつかないらしい。

そんな女将さんがすすめる鯖の塩焼きと、白米、シジミの味噌汁、季節のお漬物。

それだけでも充分なのに、卓上にあるイカの塩辛、ほぐした明太子、ちりめんじゃこが食べ放題なので、僕は結局、大盛茶碗飯3杯をたいらげた。

この定食屋は、若者にお腹一杯ご飯を食べて欲しいという想いから白飯のおかわりも何杯でも自由だ。

一人暮らしをはじめてから、この店にもう6年近く通っているが、三十路も迫った今なお、若者たちに負けじと、このサービスを有り難く受け続けている。

僕は、この定食屋の女将さんを、「東京のお母さん」と呼んでいる。

東京のお母さんには、子どもがいない。

それでも、東京のお母さんの料理は、れっきとした家庭の味付けで、誰しものおふくろの味なのだ。

いつも、僕らの腹と心を満たしてくれる、ありがとう。

帰り際、東京のお母さんに、家で剥いて食べなさい、とまた夏ミカンをもらった。


ちなみに、僕は、東京の羽村市出身で、「東京の実のお母さん」も健在なのだが、定食屋の女将さんが、どうも僕を地方から夢を持って上京してきた若者だと勘違いしているので、誤解はそのままにしている。


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