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干支の食べ方

妻は、結婚前、料理を全くしなかったらしい。

二十八歳の春まで、ずっと実家暮らしで、料理好きな母がいつも腕を振るってくれていたので、台所に立つ打順が回ってこなかったそうだ。

それでも、母譲りの料理の素質は徐々に開花し、結婚して、三年ほど経つ頃には、手の込んだ料理が食卓に並ぶようになっていった。


とある日曜の昼下がり。

妻が出かけていて、小腹がすいた私は、カップ麺でも食べようと、キッチンの上の収納棚をあけた。すると、そこには、横積みされた十数冊の料理本を見つけた。

妻の料理が上達したのは、母譲りの素質だけではなく、陰ながらの努力があったのだ。

その献身と健気さを想うと、温かい気持ちでいっぱいだった。


その中に、一冊、目を引く本があった。

『干支の食べ方』。

縁起を担ぎ、干支にちなんだ料理の作り方を紹介するレシピ本かなにかと、パラとめくってみると、どうもそうではないらしい。

干支の動物を実際に調理する際のレシピ本のようだ。

丑、酉、亥は、まだ馴染みがあるものの、巳、卯、申なんかの作り方にはギョッとした。

そして、気になったのはやはり、辰料理。

架空の生き物をどう調理するか気になった。

まさか、梅宮辰夫が作った辰ちゃん漬けで、お茶を濁したりはしないだろう。

辰のページを開くと、そこには、下ごしらえから盛り付けまで、詳細なレシピが載っていた。

『竜のサッパリ唐揚げ』。

「——まずは頭を落としましょう。竜が苦しまないよう躊躇せず一瞬でやること。

竜の顎の下には、一つだけ逆さ鱗がありますので、そこには絶対に触らないよう、ご注意ください。

切り離した身の、鱗を落とし、残った皮を剥きます。

切り込みを少し入れると、脱がすように綺麗に皮を剥げます。皮を剥ぐと、内臓も気持ちよく一緒に取れます。

ピンクの肉だけになった竜を、水でよく流し、血と体内膜のぬめりを取りましょう。この工程をしっかりやらずに、血を飲んでしまうと、呪われます。

竜肉をぶつ切りにして、背骨に沿って、縦に切り込みを入れ、開いていきます。

開いた竜肉を、ショウガの絞り汁、すりおろしたニンニク、醤油、みりん、酒で作ったタレに20分ほど漬けておきます。

この際、酒は御神酒を使ってください。そうしないと、故郷の村が襲われます。

漬け込みが終わったら、タレを捨て、片栗粉を加えてよく混ぜ、手にねっとり絡みつくくらいになったら、160~170℃に熱した油で揚げていきます。

竜肉を入れると、油の温度が下がるので、少し火を強め、160~170℃を保ったまま、3~4分ほど揚げ、取り出します。

取り出した竜肉はそのまま4〜5分休め、余熱でじんわり火を通します。

鍋の火を強め、180〜190℃の高温の油で、もう一度、カリッと1〜2分揚げます。

器に盛り付け、大根おろしを乗せ、ポン酢をかけ、最初に落とした竜の頭を添えれば、完成です。——」


私は、このオカルト本をそっと閉じて、不安になった。


そういえば、昨晩の夕食は、えらく歯応えのある唐揚げだった。



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