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鉢合わせた空き巣が初恋の人でした

部屋を暗くして、掛け布団を頭まで被り、タブレットで映画を観る。

私は、いつも布団の中に小さな映画館を作り、作品に没頭している。

今夜も、お気に入りの映画を鑑賞中、突然、玄関の方から物音がした。人の気配も。

そして、部屋の電気がパチとついた。

恐怖より反射で、布団から飛び出すと、侵入者と目が合った。

初恋の相手、安西くんだった。

上下黒い服に皮手袋をはめ、ニット帽を目深に被っている空き巣常習コーディネート。

お互いに、お互いを、すぐに認識し、驚き、言葉を失った。

沈黙のなか、鑑賞していた映画の劇中歌、「愛は吐息のように (Take My Breath Away)」が1Rの部屋に流れ続けた。

3分の沈黙を破った安西くんの第一声は、「ずっと会いたかった」だった。

私を探し続けて、ようやく見つけたという。

なぜ、そんな格好なのかと尋ねると、「君を盗みにきた」という。少しだけ笑った。

私は、いったん、明らかに動揺した安西くんをその場に座らせ、お茶を出してあげた。

横顔をふとみると、シワと無精ヒゲでくたびれて見えるが、あの頃と変わらない綺麗な顔立ちだった。

中学生時代の話をした。

初めてデートしたのは吉祥寺だった。井の頭公園を3周ぐるぐるぐる歩きながら同級生のこと、部活のことを喋り続けた。

途中、突然のどしゃぶりにふられ、びしょ濡れになったが、好きな人と過ごす時間が嬉しかった。

それから、安西くんと当時の話をたくさんした。

私にとって、たった一度の初恋は、今でも色褪せない。

だが、警察は呼んだ。


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