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【往復書簡 エッセイNo.16】本当に出発できるの?~父のふるさとを巡る旅~

うららちゃん、こんにちは!
俵万智さんの短歌は、すうっと情景が浮かぶ句が多いですね。

「これが最後かもしれない。」ことばにすると、妙に生々しくなってしまうけれど、時間って、最後と最初がくっつき合いながら流れていくものですよね。だからやっぱり、いろんなことを愛おしく思って生きていきたいなあと、最近よく思います。

さてさて。うららちゃんにもお話したように、ついに父のふるさとに向けて旅が始まろうとしています。実家にたどり着いたのですが、出発は明日だというのに・・・。

【往復書簡 エッセイNo.16】本当に出発できるのか?~父のふるさとを巡る旅~


いよいよ週明けから、父のふるさとである青森、父の実兄が眠る山形を巡る旅が始まる。両親そろっての訪問も、旅そのものを3人で行うのも約20年ぶり。もう少し両親のことを気遣うべきだったと反省するほど、忙しさにかまけて時は流れてしまった。

万感の思いを胸に、出発前の荷造りのために実家に到着。旅の準備を始めたのは4月だったが、ビデオ通話を時折しながら両親に移動のイメージをつかんでもらったり、準備するものについて考える時間を作ったりしてきた。

高齢の二人にとって、とにかく持ち物、衣類は軽い素材を用意することや、梅雨の時期なので、通気性のある下着を持っていく方がいいのではと勧めてきた。

ある日のビデオ通話で、両親がユニクロに行ってきたというので、購入したものをビデオ越しに見せてもらったが、父用のななめ掛けのバッグと白いパーカー、ウエストゴムのパンツが現れた時には、思わず吹いた。このいで立ちは、どう考えても若者スタイルでしょ。なんだってこのチョイスになるのか。店員さんが勧めたのか。私が購入してもらいたいと思っていたのはエアリズムの下着だったのに、父自身は、社会人になってから着続けているグンゼの綿下着が譲れないらしい。いや、だったら無理やりユニクラーにならなくてもよかったわけで。

一抹の不安を覚え始める。どこかの何かのポイントがずれている気がするのだ。しかし、電車や宿の手配、訪問先のいとこたちとの連絡、日々の雑事などに追われ、気が付けば出発が目前となってしまった。

気ぜわしく実家に戻ると、まず母の腰にはコルセットが巻かれ、父の右目が赤くなっている。「ど、どうしたの??」心配と笑いがないまぜになる。

聞けば、母は最近になって坐骨神経痛が出ていて痛み止めを服用しており、父は数日前に庭仕事をした際に土が目の中に入ったという。

自分の心の声がぽろっと出てしまう。「本当に行けるかな。」
そんな不安めいたことは口にしてはならないのだけど、不測の事態が起きたら私は対応できるのかと不安が募る。

しかし、当の二人はものすごくあっけらかんとしていて、ホテルに先送りする荷物の中身をそれぞれ用意していて、相変わらずお互いに「その服は要らない。」「万一のためにもっていかないと。」と言い合っている。

母が肩掛け用のバッグを持ってきて、小柄な母に対して明らかに大きいので「それにいろいろなものを入れたら重くて持てないでしょ。」と言うと「やっぱりそうよね。買って失敗したの。」と母。無駄づかいはしないでとあれほど言ったのに。実家の断捨離中だというのに!心の中で大きく深呼吸。

私は本当は、旅の始まりから終わりまで写真やビデオをずっと撮っていたくて、荷物の呪縛から逃れたいけれど、この調子では、カメラ片手にキャリーケースを引き、リュックを背負いながら撮影することになりそうだ。

そんなこと本当にできるのか?
本当に明日出発できるのか?

両親にベストメモリーを届けたいと必死に思っているそばで、のんきに字幕付きテレビを観ている耳の遠い父と、おやつも買ったの!とはしゃぐコルセットを巻いた母。

恐れ入り谷の鬼子母神。
圧巻の二人である。


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