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【コンサル物語】小説『ケインとアベル』(ジェフリー・アーチャー)〜20世紀初頭のアメリカを描いた文学作品〜

20世紀初頭のアメリカではシカゴやニューヨークを中心に、後に巨大コンサルティング会社となる会計事務所や経営エンジニアリング会社が誕生しました。第一次世界大戦とその後の好景気に象徴される時代でした。前回の『武器よさらば』に続きそのような時代のアメリカやアメリカ人を描いた文学作品を見ていきたいと思います。

今回取り上げる作品は、ジェフリー・アーチャーの小説『ケインとアベル』です。

作品は20世紀初頭のヨーロッパとアメリカから始まり、特に作品の前半部分では1929年の世界恐慌までのアメリカ現代史に沿ったストーリーが展開されています。作品の概要について文庫本の背表紙からの拝借ではありますがご参考までにご紹介したいと思います。

1906年、 ポーランドの片田舎で私生児として生れたヴワデクは、極貧の猟師に引きとられた。時を同じくしてボストンの名門ケイン家に生れたウィリアムは、祝福された人生を歩み始めた。ドイツの侵攻で祖国も肉親も失ったヴワデクは、数奇な放浪の旅の果て、無一文の移民としてアメリカに辿りつき、アベルと改名し た。

『ケインとアベル(上)』(ジェフリー・アーチャー/永井淳 訳)

作者のジェフリー・アーチャーは1940年生まれのイギリス人です。作品の舞台は作者が生きていた時代でも国でもありませんので、作品の構想は書物から得たり実際に20世紀初頭に生きていた人へのインタビュー等を通して得たものと想像されます。そういう点では、前回ご紹介したヘミングウェイの『武器よさらば』のように作者自身の経験が元になっていると思われる作品とは少し異なります。

そうではありますが、20世紀初頭のアメリカ史を忠実に取り入れたストーリーには歴史小説としての面白さもあり、しかもその舞台はシカゴでありニューヨーク、ボストンであり、ニューヨークやボストンの銀行家、会計士、ヨーロッパからの移民といったコンサル物語で折となく触れてきた人々が登場し非常に興味を持てる作品です。

さて前置きが長くなりましたが、作品の中身を見ていきたいと思います。

主人公の一人アベル・ロスノフスキについてですが、1906年ポーランド生まれの孤児という設定です。第一次世界大戦とその後の混乱の中、ポーランドからロシアの収容所に強制連行され、収容所での酷い生活から抜け出すため死を覚悟し収容所から脱走しました。そして移民としてニューヨークにたどり着きます。1921年アベルが16歳の春でした。当時はポーランド人や東ヨーロッパの人々がアメリカへの移住を切望していた時代です。作品の中でもそのことに触れられています。

(アベルは)アメリカへ渡ることを切望するようになった。
(中略)
アメリカ合衆国への渡航切符を買う金を出してくれたのはパーヴェル・ザレスキだった。切符は常に一年先まで予約でいっぱいで、なかなか手に入らなかった。 東ヨーロッパのすべての人々が故国を脱出して、「新世界」で最初の一歩からやりなおそうとしているように、ヴワデク(アベル)には思えた。

『ケインとアベル(上)』(ジェフリー・アーチャー/永井淳 訳)

アメリカの移民の歴史では、この時代ヨーロッパからアメリカに移住する人々の多くが東・南欧系の出身でした。20世紀になると東・南欧からの移民が多数を占め、その中でもポーランドからアメリカへの移民は約200万人いたと言われています。

(下図参照)右側の円グラフで、ロシア、バルト海諸国(18%)にポーランド人が含まれます。

『アメリカの歴史』(有賀夏紀・油井大三郎)

この時代にシカゴで会計事務所を設立したアーサー・アンダーセンも移民の子でした。アンダーセン氏は16歳で両親を亡くし孤児となりますが、後に世界最大のコンサルティング会社となる会計事務所を築いた人物です。

『ケインとアベル』での最も興味深い内容は、ボストンの銀行が顧客の財務調査を会計士に依頼する、という一節が書かれていることです。この【コンサル物語】でも何度となく書いてきたコンサルティング草創期の仕事の一つに、ニューヨークやボストンの銀行からの財務調査の依頼をシカゴのアーサー・アンダーセン会計事務所やブーズ・アレン・ハミルトン、マッキンゼー・アンド・カンパニーといった経営エンジニアリング会社が受けていたという歴史があります。財務調査での成功はシカゴの会社が後にコンサルティング会社として成功するきっかけの一つになったと考えられています。その話が小説に盛り込まれているのはとても興味深いことです。

ボストンの名門ケイン家の銀行が、融資先になるヘンリー・オズボーンという人物の会社について、会計士に財務調査を依頼する場面があります。

(ケイン家の妻:アン)「いいえ、その暇がなかったわ。ほかのことで手いっぱいだったの。ヘンリーの会社の経営状態はどうだったの?」
(銀行頭取:アラン・ロイド)「良好だが、一年分の数字しかないので、銀行の会計士にチェックさせる必要がありそうだ。営業期間が三年以下の会社に対しては例外なくそうするのが銀行の方針なんだよ。ヘンリーもわれわれの立場を理解して同意してくれるだろう」

『ケインとアベル(上)』(ジェフリー・アーチャー/永井淳 訳)

作品の中では会計士の調査によりヘンリーの会社が重要な問題を抱えていることがわかり、銀行としては融資すべきではないと判断するに至ります。作者が当時の会計士の仕事をどこまで理解していたかは分かりませんが、結果的にはかなり歴史に忠実な物語が描かれていることが分かります。

ヘンリー個人の財政状況に関する最新の報告書の内容が、アラン・ロイドを深い不安に陥れていた。オズボーンはまぎれもないギャンブラーであり、信託の五十万ドルが彼の会社に入った形跡はどこにもなかった。

『ケインとアベル(上)』(ジェフリー・アーチャー/永井淳 訳)

最後に『ケインとアベル』が描くシカゴについて触れておきたいと思います。シカゴは、ポーランドからアメリカに移民として渡ってきたアベルがニューヨークのプラザホテルで働いていたとき、シカゴのホテル支配人としてスカウトされ出世していく町です。アベル自身の成長と発展を続ける都市が重なり合うものとして描かれています。アベルをスカウトしたホテルのオーナーのセリフを通してシカゴは語られています。

「もっともシカゴはわたしのお気に入りの、北部では最初の系列ホテルだし、メラニーがシカゴの学校に入っている関係もあって、わたしは必要以上に多くの時間をあの風の町で過しているがね。ニューヨーカーはシカゴという町を見くびっているが、きみはそのあやまちを犯してはいかんよ。連中はシカゴは大型封筒の切手に過ぎず、自分たちが封筒そのものだと思いこんでいる」

『ケインとアベル(上)』(ジェフリー・アーチャー/永井淳 訳)

『ケインとアベル』はボストンやニューヨークの銀行(ケインの立場)とシカゴのホテル経営者(アベルの立場)を軸に物語が進んでいきます。直接的に会計士が登場する場面は限られていますが、物語の裏側に財務調査を行ったり、経営アドバイスを行っている会計士や経営エンジニアリング会社がいることを想像すると非常に興味深く読める作品ではないでしょうか。


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