見出し画像

Big4コンサルティングの歴史 第13話(エンロン事件とその後 21世紀アメリカ)


本編(第13話)のあらすじ

監査とコンサルティング。大手会計事務所に存在し相反する2つの利益を追い求める余り、21世紀の幕開けとともにBig5の一角であったアーサー・アンダーセンは崩壊しました。エンロン事件がコンサルティング・ファームに与えた影響とは何だったのか。事件当時とその後の歴史をご紹介します。

エンロン事件

2002年7月にアメリカで成立したサーベンス・オクスリー法はコンサルティング業界にも大きな影響を及ぼしました。監査の独立性を守るため利益相反に強い規制を求めるこの法律により、会計事務所が経営コンサルティングを行うことが実質的に禁止されたからです。

20世紀末頃から大手会計事務所Big5(ビッグ・ファイブ)※は自社で抱えていたコンサルティング部門を売却し切り離すようになっていました。2002年のサーベンス・オクスリー法の成立がその流れにとどめを刺したと言えるかもしれません。この法律の成立に影響を与えたエンロン事件の歴史とコンサルティング・ファームの関わりを見ていきたいと思います。エンロン社の会計スキャンダルに絡んで起訴され有罪となったアメリカの名門会計事務所アーサー・アンダーセンが会計監査とコンサルティングサービスをエンロンに提供していたこともこの法律が成立した背景にあったからです。

最初にエンロンという会社とその顛末をご説明しましょう。
1985年に2つの天然ガス会社が合併しエンロンという会社ができました。当初は天然ガス・石油の卸売等を生業としていましたが、1990年代に入りアメリカ電力市場の規制緩和政策の進展に合わせ、電力事業にも進出しエネルギー事業を拡大しました。20世紀末にはインターネット上に電力・原油・天然ガス・石炭等のエネルギー商品の取引所(エンロンオンライン)を開設、海外展開にも力を入れ、会社を急速に拡大していきました。その結果、2000年の売上は全米7位にまで拡大し、株価上昇とともに優良企業の名声を手に入れるまでになったのです。

一方で、好調に見せていた利益の裏には巨額の負債が隠されており、その大半を連結対象外の会社(SPE 特別目的事業体)等に飛ばし、不正処理を行っていました。そのことが明るみになるとエンロンの株価はわずか数か月の内に暴落し、2001年の末に会社は破産したのです。

そして、エンロンのこの一連の不正会計を監査し結果的に投資家を欺くことに加担してしまった会計事務所社がBig5※の一角アーサー・アンダーセンでした。更には、エンロン本体の負債を別会社に計上するという会計処理をエンロンにアドバイスしていたのが、アーサー・アンダーセンのコンサルティング部門であり、マッキンゼーであったわけです。

※Big5(ビッグ・ファイブ)
2000年代初めにアメリカに存在していた大手会計事務所5社。アーサー・アンダーセン、アーンスト・アンド・ヤング(EY)、デロイト・アンド・トウシュ(Deloitte)、KPMG、プライス・ウォーターハウス・クーパース(PWC)のこと。

20世紀が終わる正にその瞬間まで絶好調に見えたエンロンですが、21世紀に入るやその綻びが表面化し、1年も経たないうちに破産してしまいました。そして、後を追うように会計監査を担当していたアーサー・アンダーセンにも同じように正義の風が襲い、89年続いた巨大会計事務所を消滅させました。

なぜこんな事になってしまったのでしょう。会計監査とコンサルティングサービスを同じ企業に提供し続けた大手会計事務所でどのような問題が起こっていたのでしょうか。

会計事務所がコンサルティングサービスを提供することで、どのような問題が起こっていたのでしょう。またその背景にはどのようなことが考えられるのでしょうか。アーサー・アンダーセンで起きていたことを紐解いていきたいと思います。

エンロンとアーサー・アンダーセンの場合は利益相反の問題がとても分かりやすい形で実践されていました。不正会計と判断された簿外債務についてはアンダーセンのコンサルティング部門がアドバイスを行い、帳簿の監査をアンダーセンの会計部門が行っていたからです。

問題とされたのは簿外取引だけではなく、アンダーセンのコンサルティングに巨額のアドバイス料が支払われていたということでした。監査を凌ぐコンサルティングの巨額収入がアンダーセンの経営判断を誤らせてしまったということが指摘されています。

結局のところ、会計事務所の本業である会計監査を脅かす存在であっても、会社を潤わせてくれるコンサルティングをないがしろにすることはできなかったことが背景の一つと考えられました。

このように会計事務所が社内にコンサルティング部門を抱えることが利益相反の問題を生じさせたことが、エンロンとアンダーセンの関係からよく分かります。注意が必要なのは、歴史上問題となったのはアーサー・アンダーセンでしたが、当時のアメリカの大手会計事務所はどこもコンサルティングを拡大しており、同じような問題が起こる可能性があったということです。

エンロンの話ではありませんが、会計事務所がコンサルティング部門を抱えることで起きた問題について、アンダーセンにおける興味深い話をもう一つご紹介したいと思います。

利益相反の問題は監査とコンサルティングの衝突の問題であるのに対し、もう一つの問題というのはある種両者の融合の問題と捉えることができるかもしれません。それはお互いが共存していく中で監査部門がコンサルティング部門から知らぬ間に受けていた非常に内面的な問題です。クライアント・サービスが価値のトップを占めるようになった、それが監査がコンサルティングから受けた内面的な問題という考えです。

アーサー・アンダーセンの中では、規則・規制を守るという監査が重視する価値観が崩れ、クライアントを満足させるというコンサルティングが重視する価値観に変化していったという分析があるようです。このような価値観の変化は投資家を守る(結果的にエンロンを守る)ということより、エンロンを満足させることを優先するという考えと行動に向かわせました。

エンロン事件が公になる10年前の1992年、アーサー・アンダーセンは変移しました。契約を勝ち取り売上を増大できるパートナーが優秀なパートナーであるという考えが一層強化されました。コンサルティング部門では以前から浸透していたこのルールを、会計監査部門にも要請するようになったわけです。ルールに従えないパートナーは事務所を追放されてしまいました。

コンサルティングの勢いに押され、監査の価値観を見失い自らをコントロールできなくなった先には、会計事務所の崩壊という悲しい結末が待っていました。

(参考資料)
『帳簿の世界史』(ジェイコブ・ソール 村井章子訳)
『名門アーサー・アンダーセン消滅の軌跡』(S・E・スクワイヤ/C・J・スミス/L・マクドゥーガル/W・R・イーク 平野皓正訳)
『バランスシートで読みとく世界経済史』(ジェーン・グリーソン・ホワイト 川添節子訳)
『闘う公認会計士』(千代田邦夫)
『The World Newest Profession』(Christopher D. McKenna)
『マッキンゼー』(ダフ・マクドナルド 日暮雅通訳)
『コンサル一〇〇年史』(並木裕太)
『エンロン崩壊の真実』(PETER C.FUSARO/ROSS M.MILLER 橋本碩也訳)

成長を続けるBig4コンサルティング

西暦2000年前後のアメリカではBig4各社(Deloitte、PWC、EY、KPMGの各会計事務所)は相次いでコンサルティング部門を切り離し、コンサルティングサービスから距離をおきました。2002年に成立したSOX法(上場企業会計改革および投資家保護法)は、会計事務所が経営コンサルティングを行うことを禁止しました。時代の流れは会計事務所に対して時計の針を戻し本業である会計監査への回帰を促しているように思えました。

ところが、SOX法成立から10年、20年後、Big4各社のコンサルティング部門は息を吹き返し、むしろ以前とは比べ物にならない程巨大化しました。

各社のアニュアルレポート等から集計したコンサルティング部門の売上(下表)を見ると、2010年から2020年の10年間で2倍から2.5倍以上の伸びを示しています。PWCの場合、会社全体も162%の伸びになっていますが、コンサルティング部門はそれを凌ぐ成長をしていることが分かります。

Big4コンサルティング部門の売上推移(2010年~2020年 単位:億ドル)

実はBig4のコンサルティングを規制したはずのSOX法が、皮肉にもコンサルティング全体を拡大する要因の一つになったと言われています。企業に統制を促したSOX法により、企業はコンサルタントを雇い改革を進めようとしたためです。

サーベンス・オクスリー法の裏返しとして、同法は企業の取締役が社内の経営判断を監視する法的義務を大幅に増大させた。

連邦規制当局は取締役会メンバーに対し、コンサルタントのサービスを一層頻繁に利用するよう要求するようになった。

企業統治の危機を防ぐことができなかったにもかかわらず、経営コンサルタントは企業責任の増大に対する最良の解決策であると再び宣伝されるようになったのだ。

『The World Newest Profession』

エンロンの崩壊は、マッキンゼーにとっても不都合な結果を招いた。なかでも、これがきっかけで制定されたサーベンス・オクスリー法では、より明確に企業役員と役員会が訴追の対象にされている。では、これらの役員会が責任から身を守るために雇ったのは誰なのか。もちろん、コンサルタントだ。マッキンゼーのエンロンでの失敗は、間接的に彼らのさらなる成功に貢献したのだ。

『マッキンゼー』

21世紀に入りBig4各社はこれまで以上に注意深くコンサルティングをコントロールするようになりました。会計監査を行っているクライアント企業にはコンサルティングサービスを提供しないということをSEC(アメリカ証券取引委員会)に示すことで、利益相反の問題を回避しているというポーズを取っているというわけです。

この振舞が適切なのかどうかのはんだんにはもう少し時間が必要です。

(第12話)

(第14話)



この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?