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【コンサル物語】アイビーリーグエリートと嫌われ者の自信家

 多くは19世紀(1800年代)半ばに起源をもつBig4の各会計事務所(Deloitte・PWC・EY・KPMG)ですが、コンサル物語は2つの会計事務所のアメリカでの歴史を中心に進めていきます。プライス・ウォーターハウス・クーパース(PWC)とアーサー・アンダーセン(Arthur Andersen)です。なぜこの2社なのか、この2社の歴史を書くことにどのような意味があるのか少し補足しておきます。

 1つは、この2社がBig4会計事務所とそのコンサルティング事業におけるキープレーヤーだということです。プライス・ウォーターハウス・クーパースは、19世紀半ばのロンドンで設立されたプライス・ウォーターハウス(PW)が1890年にニューヨークに進出しアメリカでの事業を開始しました。そして約100年後の1998年にクーパース&ライブランドとの合併でPWCとなりました。

※一つお断りしておかないといけないことは、PWCの歴史を追うといいつつコンサル物語はプライス・ウォーターハウス(PW)にフォーカスした歴史を書いています。

 プライス・ウォーターハウスはBig4会計事務所の中でも最も早くアメリカで会計業務を始めた事務所の一つで、20世紀前半のアメリカの会計事務所では名実共にリーダーの地位を占めていました。自らも業界リーダーを自認し、特に20世紀初頭の大恐慌が始まるまでは断トツの規模を誇っていました

 一方、アーサー・アンダーセンは1913年にアメリカのシカゴで設立された会計事務所です。残念ながら設立から約90年後の2002年に事務所は消滅してしまいましたので、若い世代の方はその名を知らないという人も多いかもしれません。でも accenture(アクセンチュア)と言ったら分かるのではないでしょうか。アクセンチュアはアーサー・アンダーセンのコンサルティング部門が1989年に独立した会社です。

 アーサー・アンダーセンは会計事務所でありながら設立当初からコンサルティング部門を積極的に発展させた歴史を持っています。コンサルティング重視の姿勢は事務所設立時のアナウンスメントにもはっきりと書かれていました。会計業務に加えコンサルティング業務を主力サービスにする、という具合です。その後のアンダーセンは会計事務所系コンサルの分野で常に頭一つ飛び出している存在であり、コンサルティングに関してはアンダーセン抜きには語れません。

 また、アーサー・アンダーセンがシカゴに事務所を設立した1910年~1920年代には、後に戦略コンサルティングファームとしての地位を確立していくMckinsey(マッキンゼー)やBooz allen Hamilton(ブーズ・アレン・ハミルトン)もシカゴで事務所を設立しており、シカゴから発展した経営コンサルティングとの関わりも深いことが分かっています。

 両社のカラーと特徴を表す興味深い記述が『ビッグ・シックス』という本に書かれていますのでご紹介したいと思います。

『ビッグ・シックス ~会計帝国の苦悩~』マーク・スティーブンス(著)

<アーサー・アンダーセン> 
ビッグ・シックスの他の事務所に嫌われることの多い事務所。 現代的なマーケティング志向の経営と、保守的な業務規範とが奇妙にミックスしており、自らの業務水準の高さに非常な自信を持つあまり、優越感を持って他の事務所を見下している。(中略) こうした社風は、激動の時代を迎えた今、事務所の舵取りに苦闘しているユーモアのない自惚れ屋のマネジャーたちを育て上げた。彼らは、事務所がまだ最悪の事態を迎えていないことに気付くことになるかもしれない。

<プライス・ウォーターハウス>
古風だが成功している。エリート事務所と自認するが、実際その裏付けはある。(中略)多くの点 でPWは過去の栄光に頼った商売をしている。現代のコンサルティング・サービスの市場では、PWのようなアイビー・リーグ*的なやり方はマッチしないのである。 

*アイビー・リーグは 、アメリカ合衆国北東部にある8つの私立大学の総称。米国社会では伝統的に「東海岸の裕福な私立エリート校グループ」と捉えられている。 ブラウン大学、コロンビア大学、コーネル大学、ダートマス大学、ハーバード大学、ペンシルベニア大学、プリンストン大学、イェール大学で構成
(Wikipediaより)
PWは実際の学生の採用もアイビーリーグを中心に行っていた。

 この本は1980年代後半に書かれました。この10年後にはアーサー・アンダーセンは事務所崩壊に向かい、プライス・ウォーターハウスはクーパース&ライブランドとの巨大合併で生き残りをかけていました。更にその10年後には遂に巨大化したPWCがアンダーセンのコンサル部門を吸収してしまいます。

 ちなみに、ビッグシックスとはプライス・ウォーターハウス(PW)とクーパース&ライブランド(C&L)が合併する前の1980年代後半~1998年までに存在したグローバル会計事務所6社(PW・C&L・Arthur Andersen・Deloitte・EY・KPMG)のことです。

 プライス・ウォーターハウスとアーサー・アンダーセンを取り上げる2つ目の理由は、2社の関係が歴史的にとても興味深いものだからです。2社の不思議な関係性は以前触れていますので今回は書きませんが、ご興味のある方はこちらを読んでみて下さい。 

以下の変遷はPWCとアンダーセンの系図です。アーサー・アンダーセンのコンサルがPWCとアクセンチュアに分離していったのが良くわかります。

PWCとアンダーセンの系図

 最後に少し話がそれますが、歴史を学ぶという視点でコメントしたいと思います。川北稔氏が著書『イギリス近代史講義』(講談社現代新書)の中で述べている話ですが、川北氏は歴史学の危機ということで、近年の歴史学は引きこもりの傾向が強く社会に訴えかける力が弱まっている、それは社会的に関心を呼べる問題設定ができないことが大きな理由だと述べています。世のなかで起こる社会問題に対して歴史学者が発言したり、コメントを求められたりすることは日本では殆どないということがそれを顕著に物語っているということのようです。

 私は川北氏の文章を読みとても感銘を受けました。歴史を学ぶということはこういうことなんだ、と目が覚めた気がしました。外国の歴史であってもそれが一般の日本人にとってどういう意味があるのか、ということこそ日本人研究者が常に意識しないといけないことの一つなのでしょう。歴史学者と一般人(私)というレベルの違いはあれど、歴史物語を書く者として心に留めておきたいものです。コンサル物語を書くにあたっては、コンサル業界に関係している人、コンサル業界に興味がある人にとってどういう意味があるのかを意識して書いていこうとしています。そのためのテーマ設定がプライス・ウォーターハウスとアーサー・アンダーセンの歴史を書くというテーマに繋がりました。


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