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Leave Yourself Alone 『Leave Yourself Alone』(2023)

10/10
★★★★★★★★★★


何しろ情報がない。一番情報が載っているのがBandcampだが、それでもバンクーバー出身で、メンバーが5人いて、これがデビュー作で、"Cinematic long-form dream-state post-shoegaze"を自称していることくらいしか分からない。

Ryan Stephenson - vocals, guitars, keys
Ethan Henthorn - vocals
Ellen Kibble - vocals
Greg Wilkinson - bass
Nick Babey - drums

Tracks 1, 5, and 7 written by Ryan Stephenson
Tracks 2-4, 6, 8 written by Ryan Stephenson and Ethan Henthorn

ボーカルが3人いる。そのうちSlowdiveのNeil Halstedみたいな声質のRyanがほとんどの曲を書き、ギターとキーボードを1人で演奏している。残り2人のボーカルはボーカル専念のようだ。あとベースとドラムが1人ずつの計5人。Ryanが明らかに中心人物のようだ。

"Cinematic long-form dream-state post-shoegaze"はまさに言い得て妙で、シネマティックだし、長尺だし、夢見心地で、シューゲイズのその先を見せてくれるような音像だ。特に静と動を巧みに行き来する曲の中での起承転結の付け方はとてもこれがデビュー作とは思えない。8分くらいある曲でも全く間伸びしない驚異の構成力、まどろっこしさの無いダイレクトなカタルシス、そして圧倒的な曲の良さ。私がこれまでの人生で聴いてきた音楽の中で明らかに最も優れた作品の一つだと直感で確信している。

敢えて言うなら、Arcade Fire『Funeral』, Mew『Frengers』, Cymbals Eat Guitars『Why There Are Mountains』, Black Country, New Road『Ants From Up There』, Kasihmir『No Balance Palace』, Sunny Day Real Estate『The Rising Tide』に共通点を感じる場面があるが、メロディセンス、カタルシスの大きさ、演奏の上手さ、緩急の巧みさにおいては上回っているとすら感じる。

全曲レビュー (8曲55分)

1 Goodness Gracious 7:18

いきなりディストーションギター、いきなり感傷的なボーカルメロディから入る。この曲の肝はとにかくエモーショナルなギター。ロックのカタルシスを鷲掴みにするギター。そして静と動の巧みな切り替え。このバンドの素晴らしさを分かりやすく伝える名曲。インディロックにありがちなヘタウマなところもなく、全てがプロフェッショナルの音。なんでこの曲がインディロックファンの間で話題にならないのか理解できない。

2 Catch Somebody 4:54

ミニマルなアルペジオと落ち着いたボーカルで曇り空の下、静かに始まる。しかし0:56でギターとシンセが一筋の光のように差し込み、男女混合ボーカルが入る。そして煌びやかなシンセのリフが入る。だが1:53くらいからまた序盤の構成に戻る。しかし序盤にはなかったE-Bowを使ったような音が加わっていることによってスケール感が増している。ここら辺の要素の使い方がベテラン並みに巧い。あとは煌びやかなパートを繰り返して、終わる。灰色の中に光の束が現れるような、眩しい曲。


3 To Know What Helps Me 6:50

アンセミックなメロディとアンセミックなギターがいきなり登場し曲を引っ張る。しかしやはり1:09でボーカルとギター以外オフになり、印象的なメロディを歌う。この瞬間にこのバンドの美学と美点が詰まっている。本当に巧みなバンドだなと思う。後半はスリリングなギターインストパートも挟みながら、アンセミックなパートで曲を締めくくる。


4 Leave Yourself Alone 08:14

The Cureのようなタイトな8ビートと暗いベースとギターアルペジオの組み合わせが2:50くらいまで続き、そこからパーカッシヴなアコギと共に"I don't wanna be forgotten, I wanna be someone else"と歌う。3:50くらいからのディストーションギターが入る瞬間は鳥肌が立つほどエモいし、そこで"You can, you can"と必死に繰り返すボーカルは本作随一のクライマックス。そこからは演奏が盛り上がり5:10くらいで最高潮に達するが、すぐに序盤の8ビート・ベース・アルペジオが再び戻ってくる。この冷静さを失わない知性的な構成もかっこいいし、インディロックの黄金の曲展開を完璧に分かっている。その後2分くらいは抑えめなギターとディストーションの効いたギターのツインギターが曲をリードし、クールダウンしていく。これほど完璧な8分間を聴かせるバンドが今他にいるとは私は思わない。


5 Hope In A Bottle 6:26

ミュートギターとボーカルで始まる。0:40くらいからディストーションギターが入り盛大に曲がスタートする。そのあとはパーカッシヴなアコギとメロディアスなボーカルが曲をどんどん盛り上げていく。しかし1:47のサビは囁くような男女混合ボーカルとピアノとベースのみになり、この落差がとんでもないカタルシスを産むし、メロディ自体もかなりレベルが高い。そのあとは概ねこのパターンを繰り返していく。その中でもメロディ自体の高揚感と演奏の巧みな緩急で全く飽きさせない。


6 Race Car Driver 6:26

最もキャッチーな曲。Jeff Buckleyかと思うようなギターの短い独演のあと、0:40からはもうひたすらアンセミックで感動的なメロディの嵐。これまで聴いてきたロックの曲の中で最も優れた最も感動的なメロディを持つ曲の一つ。この曲についてはもう何も言う必要がない。ロックが好きなら、ただ聴いてほしい。ちなみにコードはC, C/B, D, Emという王道。


7 I'm Afraid I Won't Do Nothing 7:07

MBVのようなひしゃげたディストーションギターのリフで始まる。リズムもテムズヴァレー風の無機質かつ雄弁な感じでシューゲイザーモード。1:16からは本作で最もヘヴィなギターが入ってくる。しかし2:00からは10年代Captured Tracks勢のようなクランチ気味の爽やかなギターと軽やかなアルペジオの組み合わせに切り替わる。2:55からはイントロのMBV風リフがまた入ってくる。この場面転換が全く違和感なく行われることに驚かされる。ギタリストの才能があり過ぎる。そして何より感動的なのは3:16からのギターとボーカルメロディがあまりにも美しいこと。そして5:38以降の控えめなギターとオーロラのようなシンセが曲をクールダウンさせ、終わる。


8 All I See Is Now 7:49

この曲もヘヴィなイントロで始まる。7と同じようにヘヴィなパートとアンセミックなボーカルメロディのパートを繰り返し、間に2分くらいミニマルなギターリフを軸とした転調パートも含みながら、豪快にアルバムの幕を下ろす。最後の30秒だけ、本作ではあまり出てこなかった7thコードを入れてくるあたりが実に上手いし、憎い。



★ここからは私のただの暑苦しい主張だが、冬なので大目に見てほしい。

ポップミュージックは名前の通り売れて広く大衆の耳に届くことを第一の目標として作られている。多くの人に良いと思ってもらうためには優れたものを作らないといけないし、実際売れているものの多くは売れるべくして売れているような質の高いものが多い。

ただインディロックはそうではない。インディロックとは作り手の感情の発露の記録かもしくは未知の音楽への挑戦なのであって、売れるとか、大衆の耳に届くとか、再生回数を稼ぐとか、そういう副次的な現象を一次目標に据えて製作される音楽ではない。

しかし最近は、インディロック作品を探す時/評価する時にチャート成績やリスナー数ばかりに注目するような風潮が大勢を占めているように感じる。中には「再生回数が少なくて人気がないからインディロックはつまらないんだ」「ロックをダメにしたのは華の無いインディロックが蔓延ったせいだ」「そんなんよりMitskiを見ろこんなに再生されてるぞ凄いだろ」みたいなことを喧伝する評論家もいるが、持論の押し付けでしかない。(持論を主張するのは結構だが、他者の嗜好を攻撃するようになったらそれはもう立派な老害だ。)

たとえば、WednesdayやFeeble Little HorseやHotline TNTは有名だし優れたバンドだ。いろんな人の年末ベストにもたくさん挙げられている。だが本作は全く見ない。それは本作のレベルの低さを物語っているのだろうか? あるいは、このバンドのYouTubeチャンネル登録者数は5人しかいない。それはこのバンドの戦闘能力が5しかないことを意味しているのだろうか? 本当にそうだろうか?

優れたアーティストが無名というだけで評価の土俵にすら上がらないのは悲しいが、だからこそインディロック愛好家として、再生回数やフォロワー数や他者の喧伝などに惑わされず、自分の耳だけを信じてこういうバンドを探し出し、愛していきたいと思うのだ。という宣言。


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