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DIIV 『Frog In Boiling Water』(2024)

8/10
★★★★★★★★☆☆


実に5年ぶりの4thアルバム。このバンドの、そしてシューゲイザーというジャンルの美点を凝縮した完成度を持つ傑作。

ポストパンク的疾走感を淡く表現していた1st『Oshin』(2012)や2nd『Is The Is Are』(2016)よりも、ヘヴィシューゲイザー的な3rd『Deceiver』(2019)に近い。つまり、どこかに向かうこともなく、その場で渦を巻き、漂い、結局沈んでいく、出口の無い音。

とは言え前作ほどディストーションペダルを強く踏み込んでいるわけでもない。本作ではむしろ虚無感や虚脱感に重きが置かれたデザインになっている。ノイズがフワッと霧消した瞬間の、目の前の景色が急に現実味を失う感覚、世界が永遠に暮色で染まるような焦燥、現世からの解脱。それらこそがシューゲイザーの存在価値であり、本作の曲にも見事に宿っている。

そういった非現実的で陰鬱な世界を作り出すための工夫が、曲自体とミックスの両面に散りばめられている。

“Everyone Out”はメロディの基本単位が2/4拍子×7小節の繰り返しで構成されていたりと(多分)、少し違和感を感じさせるリズムになっており、更にハーモニクスのマイナーアルペジオが重なることによって聴き手はまんまと深い不安感に苛まれる。

”Frog In Boiling Water”はコーラスこそ王道のコード進行(F#m, A, E, D)によって比較的開けた雰囲気を持つが、ヴァースでは半音を多用する這うようなコード進行(Abm,  A, F#m, G, D, E)によって、薄明るいが先の見えない靄に包まれたような不安定な雰囲気を作り出している。

またノイズの配置やエフェクトといったミックスの完成度も本作は突出している。“In Amber”, “Soul-Net”のディストーションは非常に音の分離が良い。キャンバスを塗りつぶすのではなく余白を維持することによって、血の気の引いた退廃的なサウンドの構築に貢献している。ノイズをあくまで構成要素の一つとして巧みに配置する技術が素晴らしい。

ミックスを担当したChris CoadyはBeach HouseやBlonde Redheadなどの名盤に多数参加してきた手練で、精緻で高解像度な処理に定評がある。バンドの中の作品に対する明確なヴィジョンと理想が彼の高いエンジニアリングレベルを必要としたのだと思う。

本作も含め昔からさほどキャッチーなメロディを書くわけではないが、このくらい正統派のサウンドとミックスがあれば強いメロディは必須要素ではない。Swervedriverの『Mezcal Head』にメロディが弱い!なんて怒る人はいないだろう。

歌詞はこの手のジャンルにしては異色で、格差社会および支配者層への憤り、陰謀論はびこる世情への嘆き、個々人にとっての事実が真実よりも優先されるポストトゥルース時代への違和感などが歌われている。バンドが本作の副読本として作った特設サイトSoul-net.coには夥しい数のエセ物理科学やそれに基づいた陰謀論が羅列されている。(数分見ているだけで頭がおかしくなってくるのに、こういう内容を本気で信じて24時間考え続けている人間が世の中に大勢いると思うと、気が遠くなってくる)。

曲にも音にも分かりやすいパンチや個性が無いため彼らのアルバムはどれも過小評価されがちだが、4枚とも少しずつ異なるベクトルからシューゲイザー/ネオサイケの理想郷にアプローチし続けている。2010年代以降において、彼らより高いレベルでそれをやっているバンドを私は知らない。

みんなオッサンになったなあ〜

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