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バイバイ・バッドマン 最終回

 私は女の目の前に胡座をかいて座り込んだ。女は相変わらず、窓の外を眺めていた。私も同じように女と同じ方向を向いて外を見た。海や空は先ほどまでと打って変わって色彩を取り戻していた。目の痛くなるような鮮烈な群青色の海と、胸のすくような水色の空だった。海には見えない太陽が、そのギラギラとその光を豊かに投げかけ、水面は波打つたびに自身をキラキラと輝かせた。紛れもない真夏の海だった。窓から、ゆったりとした芳醇な海風が入ると、窓格子に吊るされたガラスの風鈴がちりんちりんと揺れた。

「綺麗だな」と私は言った。
「あら、貴方がそんな風に言うなんて珍しい」
「ふん。誰の中にだってそういう部分はある」
「本当にそうかしら?」と言って女は私の方を向いた。細い狐のような目をさらに細めて女は眩しそうに私を見た。

「どうして逃げた?」
「そうする必要があったから」
「そんなことをしても誰も救うことはできないよ」
「そうかしら?少なくともここ最近の貴方はそんな感じがしなかったけど」「馬鹿なことを言う」
「きっと、貴方は彼のことが好きなのね」
「。。。。。」
「私たちは同じ目的のために全く違う道を辿ってきたように思うんだけど」「どうだかね」

 私は懐から拳銃を出した。弾倉には残り2発の銃弾が装弾されていた。私はその二つの銃弾を取り出し、丁寧に子細を確認してからゆっくりと元に戻した。

「あの男はどうしたの?」
「始末したさ」
「本当に?」
「本当さ」
「それならよかった。後々の憂はない方がいいものね」

 私は答える代わりにそろそろ時間だよと言った。
 全てがスローモーションのようになった。

「何か言い残すことは?」
「ないわ。全て伝えるだけ伝えたの」
「そう」と私は言い、女に鍵を渡した。
「これは何?」
「さあね、俺にもわからない。ただ、俺にはいらない物だから、お前に遣るよ」

 そう、ありがとう。と女は言うと、その小さな鍵を口に入れ、飲み込んでしまった。

「私をそこの梁に高く吊るしてね」
「わかった」
「約束よ」

 女は再び、窓の外の海景を窓枠に肘をついてうっとりと眺めた。しばらく私と女の間に何も言わない時間が流れた。

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