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モノフォニー・コンソート第8回公演〈ひびきのノスタルジアへ〉

 8月25日に両国門天ホールで開催された〈モノフォニー・コンソート〉第8回公演に伺いました。この演奏会は作曲家・藤枝守さんが1997年に立ち上げて現在も音楽監督を務めています。結成から10年目にあたった2007年には活動が一旦休止されましたが、〈音律〉がもつ可能性を次世代の演奏家たちに伝える目的で今回再スタートとなりました。演奏会の詳細はこちらの専用ページ、そして〈音律〉についてはぜひ藤枝さん著書『響きの考古学』をお読みください。私が始めてこの本を読んだのは30年近く前になりますが、音楽史を〈音律〉から捉え直す視座がとても新鮮に感じられました。〈音律〉というと数学的でアポロン的な音楽観を連想しますが、もっと大らかに〈響き〉として受け止め直すことで、音楽のみならず世界そのものの捉え方に新しい視点が生まれる面白さはサウンドスケープ論とも共通します。

 ちなみに今回の演奏会で最も印象に残ったのは〈響き〉の豊かさももちろんですが、〈ピタゴラス音律/三分損益〉や〈純正律〉で〈美しい響き〉を再現するためには、演奏ごとの調律や楽器を変える手間が欠かせないというリアルな問題でした。これは本を読むだけでは解らなかったことのひとつです。具体的には、決して長くない10曲を演奏するために10面の筝と2時間以上の時間が必要になるのです(おまけに”調律アプリを再調律する”必要があったというアイロニカルな時間まで含まれました)。これは翻って、合理性や生産性を求める人間の性が生み出した〈平均律〉が、近代以降にピアノを介して定着していく理由とも言えるでしょう。美しい響きよりも時短、合理的な雑味を許容する。それがもはや現代人のスタンダードです。
 〈響き〉の価値というものは、音楽のソトの世界からは非常にマニアックに感じるのかもしれません。〈純正律〉と〈平均律〉、もしかしたら環境によっては違いが判らないこともあるでしょう。しかしだからこそ、音楽家だけが提示できる〈美〉があるはずと思うのは、まさにシェーファーの『世界の調律』の表紙には、中世の天文学者・音楽家・医者であったロバート・フラッド氏『両宇宙誌』の有名な挿絵〈一弦琴〉が描かれているからです。特にモノコード(一弦琴)は世界中に存在し、楽器としてだけではなく〈音律〉を決めるためにも使われていました。古来人は、西洋/非西洋を問わず、宇宙と音には不可分の法則があることを知っていたのです。
 ちなみに幼い頃からピアノの平均律が染みついているはずの自分でも、〈純正律〉や〈ピタゴラス音律/三分損益〉の〈響き〉は不思議と心の琴線に触れるのです。例えば、二台の筝がユニゾンで旋律を奏でる。モノフォニーや五度の和声にはとても豊かな〈響き合う関係性〉が生まれていきます。音と音だけでなく、楽器や空間、そして心身と響鳴する。何とも言えない心地よさを感じます。一方でガムランの(楽器同士の調律のズレ)が生みだす倍音のコスモロジーにも心地よさがある。この対極とも言える〈美〉、両者の〈響き〉の性質にはいったいどのような違いがあるのでしょう。そこにこそ古来から人が追い求めている世界の秘密〈真理〉が隠されているようにも思います。いずれも〈正解〉であり〈美〉であるという〈多様性〉です。
 何よりも人はなぜ〈響き〉に〈美〉を求めるのか。それは〈純正律〉の和声だけでなくノイズの中にも存在する。〈調和は衝突である〉といった岡本太郎の言葉を思い出します。〈音律〉とは〈正解〉を突き詰めるものではなく、世界の〈多様性〉とは何かを考える哲学なのかもしれません。現代音楽が古代ギリシャや自然や宇宙に思いを馳せるとき、〈音律〉に立ち返るのは原点回帰とも言えるでしょう。

 今回の演奏会でもうひとつ印象深かったのは、藤枝さんの10代の頃からの友人であり、自分にとってはセゾン文化の先輩にあたる〈伝説の作曲家・芦川聡さん〉の作品『プレリュード』が演奏されたことでした。この作品は80年代の芦川作品CD『Still Way』に収録されていて、現在もYoutubeで聴くことが可能です。ちなみに芦川聡さんは日本に初めてマリー・シェーファー(サウンドスケープ)を紹介し、『世界の調律』の翻訳出版を待たずに83年に早逝されました。ちなみにこの『Still Way』は80年代当時の簡易な録音によるヴィブラフォン(もしかしたらシンセ?)とピアノのデュオです。それが今回は藤枝編曲でピタゴラス音律でふくよかに響き合う二台の筝で演奏され、豊かな〈響き〉によって作品の〈真髄〉が引き出されていきました。まさに心の琴線に触れた一曲でしたし、現在、80年代の日本の環境音楽が世界的に注目されていると言うのも解る気がしました。若い方に是非聞いていただきたい、アンビエントとはまた一味違う情緒豊かな〈響き〉です。
 終演後の会場では芦川聡遺稿集『波の記譜法~環境音楽とは何か』の編者である田中直子さんとも久しぶりにお会いして、生前の貴重なお話を伺うことができました。彼女は前述の『世界の調律』の共訳者のひとりであると同時に、偶然にも都立国立高校の先輩です。この世界は音だけでなく人も響き合っている。この世界の〈音律〉を実感するひと時でもありました。

〈モノフォニー・コンソート第8回〉2024年8月25日@両国門天ホール

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