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書評 | Belgian Pavilion Biennale Architettura 2014 "Intérieurs. Notes et Figures / Interiors. Notes and Figures"

インテリア: データベースとしての現代のヴァナキュラー

本書は、2014年のヴェネチアビエンナーレ、ベルギー館の展示を書籍化したものである。当ビエンナーレのディレクターであったレム・コールハースが提示したテーマは「Fundamentals」、AMOとハーヴァードGSDによる本館の展示「Elements of Architecture」★1とともに、近代化の振り返りを試みるものであったが、ベルギー館の展示はそのリサーチの対象を住宅のインテリアに絞り、雑多な本館の展示と対照的にシンプルでスマートな展示を展開していた★2。


展示自体は6年前になるが、たまたま本書を最近見かけ、手に入れることができた★3。室内にいる時間が長くなってしまった今、インテリアについて考えるための価値ある書籍だと感じ、ここで取り上げる次第である。

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主要なページを開いてみると、建築写真家Maxime Delvaux★4による室内の正対写真がおおきくレイアウトされ、適宜建築家・キュレーター★5によって「注釈」と「図」が加えられる。こうした室内の事例が208、ただただ並べられていく。


まず興味深いのが、広角で撮影された室内風景だ。淡々と写されたインテリアのイメージは、訪問した住まいを素直に、特段手を入れることなく撮影しているようにみえる★6。住宅の竣工年や立地もページ内に記載されているが、まずはフラットに並べられた平凡な室内写真があり、添えられた「注釈」と「図」から、想像を膨らませることができる仕掛けになっている。
この「注釈」が本書の特色になっている。いくつか紹介してみよう。

「リビングルームとキッチンのあいだに敷居があり、2種類の床材がそこで出会っている。この斜めに入る境界線が部屋の入隅と、暖炉の基壇を結んでいる。天井の形状は空間を3つに分割している一方で、床の分割は2つの同等で補完的な空間をうみだしている。このラディカルな折衷案はテーブルのニュートラルな配置によって強調されている。」(筆者訳/p.24/注4のリンク先に写真あり)
「2つの天板が壁とタンスに固定されている。タンスがこの2つの天板を統合しながら、分節している。(2つの天板とタンスという)この三連構成と、それらに同種の木材を利用するということで、別個な部分から成立しているにもかかわらず、全体というアイデアを発している。付属品と配管によって、タンスはしっかりと壁に固定されている。可動性を失い、この統合されたアンサンブルは不動のオブジェクトと化した。」(筆者訳/p.158/注2注3のリンク先に写真あり)


この「注釈」と、それを図解した「図」が、読み手に写真を凝視させ、インテリアのなかにある住まい手の工夫を発見させる。住まい手の判断によっておこなわれた室内の操作は、内装工事と呼べそうなしっかりしたものから、家具の配列といった些細なものにいたるまでさまざまで、必ずしも周到に計画されたものでなく、たまたまそうなっているもの、場当たり的なものもある。それらが建築写真家によって丁寧に撮影され、建築家によって(いい意味で)それらしい、「注釈」と「図」が与えられていく。対象はバナールであるのに、建築家や写真家の視点を通じて、オーセンティックな分析を加えていく様は時にシリアスで、時にユーモラスでもある。

みえないインテリアを、建築家の言葉でひもとくと

事例の前には「まえがき」、それから「インテリア」「注釈」「図」と銘打たれたページが続いて、そこで本書のコンセプトを紹介している。

「まえがき」でも触れられているように、これは『建築家なしの建築』の現代版、そしてインテリア版である★7。近代化、そして近代建築に対するカウンターとしての「ヴァナキュラー建築」を紹介したルドフスキーと、本展並びに本書が異なるのは、ヴァナキュラーを、自国の極めて日常的なインテリアから発見していった、という点だろうか。住宅のインテリアは普段、公にさらされることはない、みえない領域である★8。であるからこそ、身近な事例のなかに、リアリティと発見とが同居しているのが面白い。

しかし翻ってみれば、インテリアは身近であるからこそ、「建築家なし」でも成立する、言ってしまえば建築家が扱いづらいでも領域である。建築家なんて必要ないのではないか、というともすれば自己批判に陥りかねないこのインテリアという対象を、キュレーターである建築家たちは「絶対的でないもの」としている。


「インテリアは絶対的なものではない。インテリアは、生活空間として、暮らしの枠組みをあたえるものだが、そこで営まれる生活によってインテリア自体も変化していくからだ。…建物を占有することは、それを解釈することを意味する。建築家と住まい手のダイアローグを分析することで、建築の分野に価値のある洞察を与える。生活空間をデザインすることは、解釈を残された範囲と永久的と考えられた範囲の関係を定義することだ。」(訳・強調筆者/p.17)



建築家は暮らしの枠組みを住まい手に与える。構造的要素である躯体や、部屋の間取りなどは、住まい手によって変更を加えることはなかなか容易ではない。一方で仕上げやしつらえは、住まい手によって建築に解釈を与える。枠組みは不変だが、インテリアは生活を通じて変容を続ける。そこで本書では、建築家によっては固定化することのできないインテリアの流動的な瞬間をあえてアーカイブし、建築家の言葉と図を与えることによって、生活空間のありかたを普遍化していく。


「単なる写真のコレクションを超えるために、構成と「暮らしの言語」の実践がインテリアの詳述を通じて提案される。…我々のゴールは場所、観者、言葉のあいだの厳密で発明的なつながりを確立することである。室内風景の明らかな均質性の影で、イメージの比較、併置、組織化がコミュニケーションの状況の複数性を指し示すのだ。」(訳・強調筆者/p.18)


注視しなければ気づくこともない、住まい手のインテリアの工夫をほのめかす写真。しかしそれだけでは個別解の寄せ集めにしかならない。そこで住まい手と建築家とのやりとりを通じて適切な言葉と図を各事例に与えることで、流動的で個別的な事例からその一般性を炙り出す。


もちろん一般化しなくとも、それは個別解のカタログとして、住み方の参考になる有益な情報となる。しかし本書が建築に携わるものとして興味深いのは、対象が普遍化されることで設計の参考にもなりうる資料となっている点だ★9。それはつまり、ベルギーのアノニマスでヴァナキュラーな事例を集めたカタログを、そのままベルギーの事例として眺めることもできるし、そうしたコンテクストを抜きにして、生活や設計のためのデータベースとして異国に住むわれわれにも理解できるものになっているということである。


コンテクスト抜きに眺められる、という本書の特徴は美しい装丁にもあらわれている。必要な情報はドライに並べられ、事例同士の関係やその解釈は読み手に委ねられているので、是非機会があれば手に取って、この雰囲気を味わってほしい。


インテリアは今

メニカンではこれまでインテリアのトピックを何度か扱ってきた★10。また冒頭にも記した通り、室内にいる時間が長くなっている今、インテリアについて少し考えてみることはいい機会なのかもしれない。

まず、みえない領域であったインテリアが公にさらされることが特別なことではなくなってしまっている。たとえばプライベートな居室空間が半ば強制的に、インターネットを介してパブリックにさらされることを最近体験した人は多いはずだ。不可視だった自分の背後の領域、すなわちインテリアが突然、あらわになってしまった感覚。そうすることでインテリアが居住のための豊かな空間を志向する一方で、外部空間は顔を隠して足早に移動することを余儀なくされてしまっている。この空間における公私の反転とでも呼べる現象が、今後のインテリアのあり方にも影響を与えていくのだろう。あるいは公私の反転で言えば、生活空間と仕事空間の差異もまたほとんどなくなってしまったように見える。


これらはしかし、今に始まった現象ではないかもしれない。本書でも触れられているように建築という枠組みは変わりづらいもので、それにくらべてwi-fiやスマートフォンといった技術上の進歩はごく短期間のうちに住む場所と働く場所との区別を無効にできてしまう。ということは、建築という枠組みにあらかじめインストールされていると思われてきた用途や機能といったものは、あくまで拡張機能として付け加えたり取り外したりできるものに過ぎないとも考えられる。


「変わることのないファサードの背後で、インテリアの新陳代謝は暮らしのかたち(form of life)と相互に関係をもつかたちの生命(life of form)をうみだす。」★11 生活空間は住まい手の個人的な解釈によって如何様にも変化できる。そしてそれが可能なのは、暮らしの枠組みを建築が提供しているからだとしたら、建築が担うべきは、ある場所ではプライバシーを確保し、ある場所では交流を促す、そうした生活の枠組みを提供するという、非常にシンプルな活動になるのかもしれない。


では建築に携わるものは建築そのものの質のみを考えればいいのかと言えば、そうはいかない。たとえばインテリアデザイナーによる建築作品を、暗黙の建築批判とする文章を、メニカンで内装に関する文章を集めているときに目にする機会があった★12。インテリアとは建築が内包する分野であるようでいて、実は扱いが難しいし、そのアプローチが異なることも多い。その時に、インテリアの分野から建築へアプローチするような試みはわれわれに示唆を与えてくれ、本書のような、建築からインテリアへのアプローチもまた、建築の新たな道筋を提示してくれることがある。本書はそのヒントを与えてくれる、隣接分野との対話を試みた有効な事例のひとつである。

【註】

★1 . 「Fundamentals」: https://oma.eu/projects/venice-biennale-2014-fundamentals
「Elements of Architecture」: https://oma.eu/projects/elements-of-architecture
「Fundamentals」は各国のパヴィリオンにて展開された「Absorbing Modernity:1914-2014」、アルセナーレでの「Monditalia」そして本館での「Elements of Architecture」の三部構成であった。
詳しくは岩元真明氏の論考を参照されたい。
レム・コールハース「エレメンツ・オブ・アーキテクチャー」-建築要素の新しい星座」: 
★2. ベルギー館展示のページ: http://www.interieurs-notes-figures.be/index_en.html
★3.出版社のページ: https://eurogroupe.org/interiors-notes-figures/
★4. 写真家のページ: https://maximedelvaux.com/interiors-notes-and-figures
★5. 本展示のキュレーターは以下の4人
Sébastien Martinez Barat(建築家): https://martinezbaratlafore.com/
Bernard Dubois(建築家): http://www.bernarddubois.com/projects/belgian-pavilion-venice/
Sarah Levy(建築家):  http://sarahlevy.be/
Judith Wielander(インディペンデント・キュレーター)
★6.「リサーチは2013年9月1日に始まった。最初のステップはベルギー全土をまたにかけてのインテリアの写真撮影。撮影地は地理的・歴史的・類型学的な基準に基づくサンプリングに則っていて、住まい手が応じてくれるかといった現実的な障壁に応じて必要があれば修正している。リサーチ方法はシンプルで、写真家は建築家とともに、対象の住まいに突然訪問する。受け入れてもらえれば撮影し、難しければ近くで類似の対象を探す。成功した訪問は比較的スピーディに行われ、住まい手に暮らしのなかでのインテリアの変更点を説明してもらう。」(筆者訳/p.017)
★7. 本書p.015
★8.ただし昨今、オンライン空間においてプライベートな領域がパブリックにさらされる感覚を味わったのは筆者だけではないはずだ。
★9.メニカンでは最近、キッチンにまつわる事例を集め、カタログ化することを試みた。ふと手にとりたくなる、データベースとしての書籍として、本書は筆者にとってひとつの参照点でもあった。リンク先で販売している→ManyKitchens#01, 2020年5月
★10.建築小論研究会「内装」、2018年4月。
ManyLectures#06「内装について引き続き考えること」、2018年5月。
★11.本書p.017
★12.西沢大良「倉俣史朗の建築について」『倉俣史朗とエットレ・ソットサス』ADP、2010年




書誌

Intérieurs. Notes et Figures / Interiors. Notes and Figures
Editions de la Fédération Wallonie-Bruxelles, Cellule architecture
In association with Wallonie-Bruxelles International and A+ Architecture in Belgium
Texts in french and english, 240 pages, 185×270 mm
Edition of 1500, available on June 6th 2014
ISBN 978-2-930705-06-4
評者邦題:インテリア:その注釈と図解

評者

寺田慎平(@shi1662e)

1990年東京都生まれ。2015年ETH(チューリッヒ)留学。2016年Christ&Gantenbein(バーゼル)勤務。 2018年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修了(都市史)。現在、ムトカ建築事務所に勤務。


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