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エウベル氏が明かす「チャンピオンズリーグ優勝の舞台裏と、リスボンの長い夜」

—— 以下、翻訳 (記事全文)

ジオバネ・エウベル氏は、バイエルンのレジェンドであり、今なお、バイエルンの歴史に名を刻む人物だ。ドイツ『tz』紙に対し、彼はトレブルの記録を記した日記を見せてくれた。

チームの到着前、エウベルはポルトガルの地にやや不安

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親愛なる読者の皆さんへ

ポルトガルにいたあの当時を思い出すと、今でも心がサンバを踊りだしてしまう。バイエルンのブランド大使という役割から、チームの到着前から私はイベリア半島に入っていた。まだ選手たちが飛行機で向かっている頃、私はポルトガル南部・ラゴスにある短期合宿の視察を済ませていた。チームホテルのあるカスケード・ウェルネス・リゾート周辺の堂々たる断崖や居心地の良いビーチを探索していたときには、まさかチャンピオンズリーグ優勝の礎石がここで築かれることになるとは誰も想像していなかったことだろう。

選手たちは、夕方に合宿地アルガルヴェに到着した。その翌朝、私はFCバイエルンTVに出演し、初練習の風景についてコメントを述べた時にすぐに分かった。「わお、選手たちはすごく好調で、目標に向けて集中している」とね。そこへハンジ・フリック監督がやってきて、こう言った。「ジオバネ!来てくれてよかった。嬉しいよ!」普通なら、監督はこうした重要な大会の前はトレーニングに専念するだろうが、ただ、ハンジは違ったね。

オリバー・カーンとハサン・サリハミジッチを前に、エウベルはゴルフで太刀打ちできず

ラゴスでの短期合宿を終えたバイエルン一行は、一路リスボンへと向かった。正確には、リスボン市内から30キロ弱に位置するシントラの町へ。私たちの滞在先、ペンハ・ロンガ・リゾートには、ゴルフコースが併設されていた。そこでは、昔のチームメイトや現在のバイエルンの役員であるオリバー・カーンやハサン・サリハミジッチとは午後によくゴルフをしていたね。しかし、彼ら二人に比べれば、私は本当に初心者でハンデも最悪だった。オリー(カーン氏の愛称)とブラッツォ(サリハミジッチ氏の愛称)はほぼプロレベルだ。彼らはドライバー(一打目)で約300ヤード(280メートル)以上飛ばすが、私はその半分しか飛ばない。ある時、オリーがボールをうまく打てずに怒ったことがあった。相変わらずの野心家だよ。そして、私もちょっと似たようなショットを打ってしまい、その時はもうみんなで笑うしかなかった。

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準々決勝でバルセロナ相手に8-2で勝利した後、みんな笑みが溢れる気分だったね。本当に素晴らしかった。その後はもう声が出なかったよ。ちなみに、この試合ではサポートとしてある女性の力があった。マーケティング部門のカリーナだ。彼女と一緒に試合を観戦すると、いつも勝てるんだ。今回もそうだった。ただ、他にファンがいなかったのは残念だね。もしファンも観戦していれば、きっと彼らは一晩中パーティーをしていただろう。不思議な気分ではあったが、FCバイエルンの祝勝パーティーは限られてたものだった。このクレイジーな試合の後でさえ、私たちはホテルにまっすぐ帰った。パーティーはなかったね。取締役や監査役も、せいぜいビールやワインを飲む程度で、すぐに就寝していた。選手のみならず、スタッフ全員が完全にタイトル獲得に向けて集中していたのだ。とはいえ、準決勝では、私の古巣オリンピック・リヨンとの対戦で勝利が必要だった。

ジオバネ・エウベルの予想:ネイマールはPSGでチャンピオンズリーグ優勝を果たすことはないだろう

準決勝と決勝の間の時間を使い、ようやくリスボンの街をゆっくりと見る機会ができた。特に、取締役や監査役とともに乗船したテージョ川のクルーズは楽しかったね。そして、決勝の日が近づくにつれ、私の緊張感も増してきた。それは、私が数日前のインタビューで、なぜネイマールはFCバルセロナを去ったのか理解できないと答えたことにも起因している。私の意見はこうだ。パリにいては、彼はチャンピオンズリーグで絶対に優勝できないだろう。しかし、なんと決勝の対戦カードはバイエルン対PSGだ。そうした背景もあり、私自身も躍起になっていたのだ!

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試合開始のホイッスルが鳴る頃には、ネイマールに対する私の考えは消えていた。特に、決勝戦の会場で同席していたバイエルンのスタジアムDJ、シュテファン・レーマンがいきなりファンチャントを歌い出し、スタッフ全員も大声で歌い始めた時は本当に感動した。テレビでもはっきりと聞こえていたね。ブラジルの友人らは、私たちがやけに騒がしかったから何があったのかと連絡までしてきた。私たちの声援が届き、キングスレイ・コマンの決勝ゴールが決まったとき、私の心のすべてのダムが決壊したね。

エウベルとブラッツォのお祝いは翌朝まで続く

試合終了後、ホテルに直行してチームに会いに向かった。その後、トレブルを祝う大きな祝勝パーティーが始まった。選手たちの家族が参加できなかったのは残念だったが、とにかく会場の雰囲気は最高だった。本来なら翌朝2時には帰ろうと考えていたが、そこへブラッツォがやってきた。「おう、ブラジル人!どうしたんだ?もうお休みか?君はそんな男じゃないだろう」と言って説得してきた。その後、白ビールからジントニックに切り替えたが、これが大きな過ちだった。 次に時計を見た時には、すでに朝5時を指していた。私はハサンに、これからチームに帯同して空港へ行くので、その前に今から少し仮眠を取りたいと伝えた。ブラッツォは私にそれはやめた方がいいと警告し、その代わり、一緒にゴルフ場で新鮮な空気を吸いながら少しティーショットでも打たないかと提案してくれた。しかし、その時、私はとても強い睡魔に襲われていたのだった。これもまた大きな失敗となった。

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典型的なジオバネだ。私は寝坊したのだ!幸運にも、ホテルの前にはブラジル人が車で待っていた。そのため、急いで空港まで送ってもらうことにした。私が着いた頃には、すでにチームは出発してしまい、私は次の飛行機に乗る羽目になったね。

by ジオバネ・エウベル

▼元記事
https://www.tz.de/sport/fc-bayern/fc-bayern-giovane-elber-muenchen-lissabon-champions-league-kahn-salihamidzic-triple-tagebuch-90155959.html


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