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30話「会計担当理事が5500万円を横領。他の役員の責任は?」

誰もする 人がいなくて 引き受けた そんな自分が 訴えられる

 今回は僕の好きな判例の一つです。
その理由は3点あって、
①裁判所の判断が妥当と考えるから、
②マンション管理の実務にも事例として参考になるから、
③横領等の不正行為を行った理事の責任が問われる事例は珍しくないですが、横領をした理事の監督者の責任が問われた点が興味深いから、です。

 まずは、本件マンションの概要をみてみましょう。
本件自治会は、昭和46年に建設された39戸から成るマンションの区分所有者等で構成され、戸数がそれほど多くなく、費用対効果等の観点から、総会決議の下、管理会社による管理によらず自主管理としていました。
Y1~Y3はおよびAは、夜間や休日に時間の都合を付けて職務を分担してきました。
Y1・Aにはそれぞれ年間6万円、Y2には年間5000円、Y3には年間5万円の謝礼が支払われていました(自主管理であることも鑑みると、決して多額とはいえないでしょう)。

Y1~Y3は、同じメンバーが役員を継続することに問題があると考えていて、役員改選時の総会案内にその旨を記載して他の自治会員(区分所有者)に理事になるようにお願いしましたが、結局は大半の自治会員から在任する理事の再任の推薦がされて再任となってしまっていました。
Y1~Y3は、個別にも少なくとも4、5人の自治会員に理事就任をお願いしましたが、断られていました。

 そんな固定化した役員メンバーの中で特に、管理組合業務を熱心に行っている様子の人物がいました。
それが会計担当理事のAです。
Aは、自身が勤める会社の経理担当者であり、会計に詳しく、腰も低く、周囲からはしっかりしている印象を持たれ、自治会では会計担当理事として重用されており、管理費督促対応を始めとして管理組合業務を熱心に行っている様子でした。

 会計に関し、理事長のY1は、定期総会の直前にAから簡単な説明を受けるのみで、預金口座の通帳の残高や具体的内容について確認せず、会計監査役員のY2に対し、会計監査について具体的な指示をすることもありませんでした。

Y2は、定期総会開催日当日にA宅で、Aから収支決算報告書、本件預金口座の残高証明書、領収書の束等を示され、収支決算報告書の残高と残高証明書の金額を照合し、点検・確認するという方法で会計監査役員の職務を遂行していました。Y2は就任後間もなく、Aから預金口座の預金通帳とその写しの提示を受けなくなりました。

他方、副理事長のY3は、理事長の補佐のほか、Y1との取り決めにより、副理事長として、共用部分の保守管理、管理名簿等の作成の職務を分担してきました。

 Y2もY1も預金口座の通帳を確認しなかったり、ワープロで偽造した残高証明書の内容を信じたことは軽率でおそまつであったと言わざるをを得ません。経理・会計の専門家であるAに全幅の信頼を置いていたからでしょうが、本来やるべき会計監査はスルーされてしまいました。

自治会の権利・義務を承継した管理組合法人から、Y2・Y1に請求されたのは、5774万円余りおよび遅延損害金。
自治会の会員は自治会への関心が高くなく、役員に任せるままでした。在任する役員以外には役員のなり手がいませんでした。そんな実態の中で、たまたま横領された時期に善意で役員となっていた数名が損害額全額を負担しなくてはいけないのでしょうか。

 東京地裁は、Y1・Y2には、本件自治会に対する善管注意義務違反があったと認めました。
一方、Y3については、「自治会の会計業務について具体的に何らかの権限が与えられていたものではないところ、・・・Aの横領行為につき、Y3において予見して何らかの措置を講ずべきであったということはできず」とし、善管注意義務違反を否定しました。

そして、Y1・Y2の損害賠償責任につき、各自治会員も責任を負っているといえるとし、損害の衡平な分担の見地から、過失相殺の法理を類推し、Y1・Y2の責任を9割減じました。
会計の監督者の法的な責任を認めた一方で、過失相殺の法理の類推を認め、責任を制限した判断は、バランスがとれていると僕は考えます。

 自分の所有するマンションであるにもかかわらず、管理組合運営に無関心、他人任せだと、結局は痛いしっぺ返しをくらうということが、今回の事例から言えます。会計担当が経理・会計の専門家だからといって全幅の信頼のもと、丸投げしてはいけません。定期的な役員の入替えがないと、不正の温床となるという、"性悪説"のもと、ガバナンスを機能させなくてはいけません。管理会社が関与しない、自主管理ならなおさらでしょう。

 さて、横領が発覚した際に、AはY1に対して以下のように告白しました。
「だいぶ前から自治会の預金を流用して投資活動をしたが失敗して穴をあけてしまった。それを埋めるためにいろいろなところから借金をしてやり繰りをしたが多重債務者となった」

Aは、自治会では会計担当理事として、管理費を滞納している住戸に対して、熱心に督促対応を行っていました。しかし、実像は、自分が借金取りに追われている多重債務者でした。

東京地裁平成27年3月30日判決
[参考文献]
高秀成『マンション判例百選』64頁

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