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31話「理事長に積極的に立候補した目的は、高値転売のため?」

理事長の 権限使う 自己のため 総会決議 錦の御旗

 今回の判例は実にドロドロしています。"こんなマンションには住みたくない"、みたいな物件です。その理由は住民間の激しい争いにあります。

 まず、物件概要ですが、3階建の分譲マンションとして、昭和56年9月に新築されました。戸数は12戸と少なく、とてもこじんまりとしています。管理組合は任期1年の役員3名(理事長、副理事長、監事)が置かれています。思うに、戸数が少ないマンションのデメリットとしては、役員になる頻度が高くなることが挙げられます(輪番制にしているところが多い)。役員同士が良好な関係であればまだしも、そうでない場合は、面倒です。

 一般的には、面倒くさいので、役員になりたがる人はまれです。ましてや理事長となると、役員の中でも最も職務の負担と責任が重くなり、一番敬遠されます。ほとんどのマンションでは、押し付け合いになります。しかし、ごくまれに「私がやります」と積極的に引き受ける人が現れます。今回のケースも同様でした。

 積極的に理事に立候補して当選し、希望して理事長になったXは、【大規模修繕推進派】で、当時、監事に就任していたY3は、これに反対して【マンションの建替え推進派】として、意見の対立が激しくなっていました。 

 本マンションでは、新築から24年が経過した平成17年に、二度目の大規模修繕工事が実施されました。平成25年10月末(会計年度末)の修繕積立金残金は、約1067万円でした。

大規模修繕の周期は12年が一般的ですから、本マンションにおいても二度目の工事までは一般的な周期です。しかし、Xは、7~8年しか経過していない時期に次の大規模修繕を実施しようと(一般には異例の事態)、強引かつ不誠実に推進しました。

具体的には、
①Xは、平成23年や平成25年には、自己の区分所有権(301号室)を転売して転居することを考えていました。Xは、平成23年に目黒区に所在する実父の居宅に住民票を移していました。301号室には長男がそのまま居住を続けていました。

②Xは、本件工事についての総会決議を成立させるために、独自に行ったアンケートで賛成多数だったという説明をしましたが、アンケートは設問が不適切なうえ、結果の開示もなされませんでした。さらに、理事会の決定に反して、管理会社ではなく、C株式会社に、「外壁」の劣化診断及び大規模修繕工事の仕様書の作成を依頼しました。本件業者は、目黒区所在の原告の居宅(実父の自宅)の新築の請負業者であるF株式会社の関連会社です。

③本件工事はマンションの一部専有部分における漏水問題への対応として行われたもので、より小規模な工事で足りたにもかかわらず、Xは、マンションの外観の見栄えをよくする効果がある外壁タイル補修工事にこだわりました。張り替える外壁タイルは、既製品よりも数倍高い特注品を特別に焼き上げてもらったものでした。
これにより、外観がリニューアルされて著しく美観が向上し、実際の築年数(32年)を感じさせないようになりました。Xは転売に有利になることを図ったのです。

④漏水対策の中心は、外壁全般ではないのに、Xは、理事会や総会で、漏水の原因が「外壁」に特定されたとして、外壁補修が漏水対策の中心であるかのように説明し、さらに大規模工事の施工前後を通じて、工事の重点を密かに、漏水対策等のための外壁補修から、美観確保のための外壁補修に移動させていました。

⑤本件工事費用の約3分の2に当たる1000万円を金融機関から借り入れて管理組合の債務を増加させ、その返済負担を将来の区分所有者が負うようにしました。

 【マンションの建替え推進派】としてXと激しく対立していたY3は、平成25年10月、Xが役員の言うことを聞かず独断で暴走するため役員として責任が持てないとの理由で、管理組合の監事を辞任しました。

 一方、P5は、【大規模修繕推進派】であるXを支持して監事就任を承諾しました。そして、大規模修繕工事後まもなく、監事の任期途中であるにもかかわらず103号室の売却手続きに入り、監事解任直後に売却を実現しました。

 また、Xは「大規模修繕工事実施済」とアピールして301号室の売却広告を出していました。

 原審は、本件工事は総会において承認を得て行われたものであるから、Xによる工事費用の支出に違法があるとはいえず、そのほかにも注意義務の懈怠や違法と評価されるような行為があったとは認められないとしました。またXが自己の区分所有権の売却を企図して本件工事を実施したとも認められないとして、Xに債務不履行および不法行為責任は生じないとしました。またYらの行為は名誉棄損に当たるとして、Y3に対して11万円、管理組合に対して55万円の損害賠償の支払を命じました。

 そして、二審である東京高裁は、原判決を変更し、Xは管理組合に対して909万円余の損害賠償責任を負うことを確認し、その余りのXの請求を全て棄却しました。

「本件大規模修繕工事の実施に関するXの理事長としての職務遂行は、総組合員の利益を目的とすることを装いつつ、その実はXの私的利益(将来の総組合員の利益を犠牲にした上での301号室の高値転売)を図ったものと推認することができる。この点において、Xには、Y1に対する委任契約上の善管注意義務違反があるというべきである」

 ちなみに、私がこの判例を『マンション判例百選』で読んだ時、登場人物の性別は表記されていませんでしたが、Xは60代男性を想像し、四コマ漫画でもそのイメージで表現しました。しかし、後日に『判例時報』を読んで、Xは60代前半の女性(平成21年に夫と死別)であることを知りました。

Xは、自分の目的を遂行するために、理事長に就任し、あの手この手の裏工作を図り、1000万円を金融機関から借り入れて、【マンションの建替え推進派】や管理会社を排除し、強引に(自分が意図していた内容の)大規模修繕工事を実現しました。

そして、Yらを相手取って訴訟を起こし、一審では勝訴しました。
どれだけパワーのあるおばちゃんでしょう(※1)。
わずか12戸のマンションで起きたドロドロ劇。微笑んでいるのは、売り逃げできたP5だけでしょう。

 この判例を読むと、いかに中古マンションを買うときに慎重にならなくてはいけないかがわかります。
購入検討にあたっては、必ず、検討対象マンションの「議事録」を閲覧しましょう(※)。
議事録を読めば、大規模修繕工事の経緯、修繕積立金残金、長期修繕計画、金融機関からの借り入れなどの情報を入手できます。
いくら外観がピカピカにリニューアルされたマンションであっても、肝心の中身(漏水問題の有無、財務状況など)が伴っていないと、思わぬババ抜きのババをつかむことになります。
借金を将来の組合員に押し付けて売り逃げするような人もいるわけですから。

※1)Xおばちゃんは、大規模修繕工事を実施するにあたり、管理会社と意見が合わなかったことから、独断で、マンション管理士に相談してアドバイスを受けていました。つまり、Xにはブレーンがいたようです。

ちなみに、マンション管理士には報酬57370円を管理組合のお金から支出しました。原審では、「本件支出等は、原告が、理事長として住宅金融支援機構に工事資金の相談に行ったり、大規模修繕をする際にマンション管理士に相談した費用等であることがうかがわれ、本件支出等について、Xに、理事長としての注意義務を怠り、違法と評価されるような行為があったと認めるに足りる証拠はない」としましたが、東京高裁は、「Xが善管注意義務違反に違反する職務行為についてアドバイスをもらうための支出であるから、善管注意義務違反と相当因果関係のある損害である」としました。

※2)議事録は、区分所有法によって「紙もしくは電子媒体によって適切に保存し、利害関係者の閲覧の要望に対しては開示する」ことが規定されています。購入検討者も利害関係者にあたるため、要望すれば閲覧が可能です。販売・仲介業者に依頼して閲覧しましょう。

東京高裁令和元年11月20日判決
[参考文献]
山下純司『マンション判例百選』72頁
判例時報2446号3頁

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