ワイマール共和国の秘密警察

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最近の記事

ルディ

 今は、賢い子供にとっては苦しい時代かもしれない。賢い子供というのは、川や海で拾った小石や小瓶を宝物にしたり、夢の中で子犬を飼ったり、突拍子もない物語を思いついたりするような子だ。  人の目に映ってはいても、今までじっくりと見てもらえなかったものに気づくことが出来る子のことだ。  ルディ・へーベルはまさにそのような子供だった。  私がルディと初めて話したのは小川の近くだった。彼はいつも小川にいた。水が好きなのかもしれない。小川の底には苔の生えた丸太が沈み、そこに太陽の光が差

    • ピーター・ジャクソン「彼らは生きていた」

      第一次世界大戦時に撮影されたイギリス海外派遣軍の記録映像を修復・着色し、さらに音声や効果音も追加したことにより、当時の様子がより鮮明に、身近に感じられるドキュメンタリー映画である。 イギリス海外派遣軍はイギリス陸軍が編成した組織であり、カナダやオーストラリアの部隊も組み込まれ、西部戦線でドイツ軍と死闘を繰り広げた。 西部戦線の塹壕戦は悲惨そのものであり、それにも関わらず兵士はほがらかで、どことなく間が抜けていて微笑ましい。 西部戦線を生き延び、老人となった元軍人たちが、当時を

      • 幽霊

         1944年、春  ドイツ占領下のフランス北西部の小村。    「あっ!林檎の花が咲いてる!」  とある晴れた日の午後。ひとりのドイツ兵が、真っ白な花を咲かせる林檎の木に走り寄った。  「この枝を一本もらおう」枝をぽきりと折る。  「きれいだな。もうこんな季節なのか」ドイツ兵がもうふたり現れて言った。  林檎の花の枝を持っているドイツ兵はそわそわし出した。  「どうしたんだよ。小便でもしたいのか?」ふたりはからかった。  「違う!この花をあげたい女の子がいるんだ……」  「

        • ラジスラフ・フクス「火葬人」

          ───785年。初代神聖ローマ皇帝であるカール大帝(初代はオットー大帝説もあり)は、「異教的である」として火葬を禁じた。土葬を義務化し、火葬を行った場合は死刑と定めた。 キリスト教が広まる前のヨーロッパでは、古代ローマ、ケルト、ゲルマンなどの間で火葬は広く普及していた。 そしてそれから千年以上が過ぎた。 第二次世界大戦中、ドイツの強制収容所では、焼却炉で大量の遺体が燃やされ、煙突から出る煙が空を覆っていた……。 「火葬人」を読んで、ドイツとチェコの関係の歴史や、ヨーロッパ

          ルピナス

          君たちは、心の底から安心を感じたことがあるだろうか? 僕はなかった。そう、あの時までは…………。 あの頃を思い出そうとして真っ先に浮かんできたのは、とある商店の壁に立てかけられたプラカードだ。そこには赤い文字で「ドイツ人はドイツの商品を購入せよ!」と書かれていた。 商店の入り口には突撃隊員がふたり、見張りに立っていた。 無視して店の中に入ろうとする者は、時々写真を撮られていた。 ショッキングな赤い文字を見た時になぜかはわからないが、荒れた海と濃い霧と、灯台から聞こえる霧笛が

          マリー・ルイーゼ・カシュニッツ「その昔、N市では

          ※ネタばれあり ドイツの作家マリー・ルイーゼ・カシュニッツは1901年生まれ。1925年に考古学者であり美術史家でもある男性と結婚し、夫の任地を転々とする。 ナチ政権下もドイツに留まり、戦時中はギリシア神話の世界に没頭する……。 彼女の作品は、夢や空想、霊的な世界が現実を凌駕するという点が特徴的だ。それは彼女が戦時中に神話世界に没頭していたことと何か関係があるのだろうか。 あと、圧倒的な淋しさや孤独感のようなものも感じる。これは、この短編集に収録された作品が、夫が亡くなって

          マリー・ルイーゼ・カシュニッツ「その昔、N市では

          アルテュール・ブラント「ヒトラーの馬を奪還せよ 」

          ※ネタばれあり シンボル ──1806年。プロイセンをあっという間に倒したナポレオンは、ベルリンのブランデンブルク門をくぐって凱旋。門の上の勝利の女神像を略奪する。 この時のナポレオンとフランスのむごい仕打ちへの恨みは、プロイセン国民に「民族意識」を目覚めさせた。小国の寄せ集めであるという現在の状況を改め、ひとつの国家として統一せねば!という「ドイツ魂」が目覚めたのだ。 「たくましく、禁欲的な、調和のとれたギリシャ彫刻的男性像」こそがドイツ民族の理想的な普遍のシンボルとさ

          アルテュール・ブラント「ヒトラーの馬を奪還せよ 」