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大企業の組織改革

序 章 
 第1節 組織変革とは何か
 第2節 組織変革の成功事例と失敗事例
第1章 組織変革の課題
 第1節 組織変革に関する先行研究
 第2節 先行研究に照らし合わせたレナウン社の組織変革の課題
 第3節 レナウン社の組織変革の課題考察
第2章 組織変革の課題解決
 第1節 経営者個人のリーダーシップでの課題解決(人材の取り換え)
 第2節 社員個々のアンラーニング・再学習による課題解決(人材教育)
 第3節 JOB型雇用への転換による課題解決
終 章 組織改革とは企業という箱を残すための手段である
 第1節 結論
 第2節 残された課題「組織変革の課題」


序 章 
第1節 組織変革とは何か


 1989年,世界の時価総額トップ50社の内訳をみると,日本企業は32社ランクインしており,ヴォーゲル(1979)の言う「ジャパンアズナンバーワン」であった。そこから約30年,2021年の時価総額トップ50に入った日本企業はトヨタ1社のみであり,日本企業のそれはこの30年間で没落してしまったと言える。この原因は一体何か。一つには日本企業独特の雇用慣行があると言われており,終身雇用,会社裁量による異動・転勤,新卒一括採用,年功序列,企業内組合等を指す,いわゆるメンバーシップ型雇用である。

これらはゆっくりと動く市場に対して,時間をかけて改善していく事には強みを持っていたのかもしれないが,VUCA下の外部環境では,小回りが利かず対応していくことができなかった。「少子高齢化に伴う生産年齢人口の減少「SDGs」「女性活躍推進法」等,今後も日本企業をとりまく外部環境は,変化の度合いを高め続けることが予想される。日本企業には,それらの激しい変化に対応し,目的を達成するために組織の形や,考え方を変え対応させていくこと,すなわち組織変革を進めることが求められている。


第2節 組織変革の成功事例と失敗事例


 経済界では,成功者と呼ばれる経営者の面々が組織変革の必要性を訴えており,株式会社ファーストリテイリング(以下ファーストリテイリング社)会長兼社長CEOの柳井正(以下柳井氏)もその一人である。著書『成功は1日で捨て去れ』では,組織の硬直化と変革について以下の様に述べている。

「会社が成功して,組織が大きくなればなるほど,社員の官僚化が進む。上が指示を出して下が実行する。自分の頭で考えず,言われたことだけしかしない,自分の組織,派閥を守ることしか考えない人間が増えてくる。組織が官僚化することで,個々人の責任が曖昧となり,仕事の責任が曖昧となる。信賞必罰の原理が適応されなくなっていく。そんな官僚化した組織は,事なかれ主義になり,柔軟性がなくなり,組織が硬直化し,外の環境の変化についていけず,やがては滅亡の運命にある。」

この発言の背景には,1998年からのフリースブーム後にファーストリテイリング社が辿った実体験がある。同社は現在までにいくつもの組織改革を断行し,売上高1兆6,980億円,社員数52,839名と国内小売店ではイオン,セブンアンドアイに続く規模にまで成長させている。


 しかし,ファーストリテイリング社の様に組織改革に成功している企業ばかりではない。2020年,アパレル製造・卸の株式会社レナウン(以下レナウン社)は100年以上の歴史に幕を下ろした。直接的な原因はコロナ禍による影響とされているが,コロナ以前から構造的な問題を抱えていたと言われている。最盛期には51社,売上2,317億円の企業であったが,2019年12月期の売上高は502億円で2期連続となる純損失(67億円の赤字)を計上していた。創業者の尾身清氏によって作られたシステム(百貨店を利用した出店施策,海外ブランドのライセンス契約,TVを利用したイメージ戦略等),組織体制をその後の経営陣が環境に合わせて変えていく事が出来なかった,つまり組織変革が出来なかったことが組織衰退の最大の要因であると言われている。


第1章 組織変革の課題
第1節 組織変革に関する先行研究


一方,学術的観点からも組織変革の必要性については様々な研究が進んでいる。1960年代にはローレンスとロッシュによって「組織がよい成果をあげるためには「環境」や「コンテクスト」に適応した構造になることが必要である」とする「コンティンジェンシー理論」が提唱されており,個人のリーダーシップではなく,組織変革によって外部環境に対応する事が重要であることが述べられている。

そして,1970年代から80年代にかけて,チャンドラー(1962)の「組織構造は戦略に従う」の様に,コンティンジェンシー理論に戦略論の考え方が組み込まれていった。

また,2000年代にはダフト(2002)『組織の経営学』によって,組織のライフサイクルモデルが提唱されており,組織変革について以下の様に説明されている。「組織は規模が大きくなるにつれて1)企業者段階,2)共同体段階,3)公式化段階,4)精巧化段階の4段階を経る。1)は創始者の創造性・革新性が重視され管理活動は軽視される段階を言う。組織が成長を続けるためには経営管理技術を有した強力なリーダーによって統合される必要がある。2)は組織の内部統合を作り出す必要がある段階である。組織の更なる成長へは,リーダーが権限を委譲し直接トップが指揮せず統制を行える構造を作り出していく必要がある。3)は,官僚的制度が必要となる段階。組織の成長は,「官僚制の逆機能※」を打破する必要がある。4)は組織が多数の部門に分割し,小規模組織の利点を確保しつつ環境変化に柔軟に対応することが必要となる。組織が更に成長していく為には,企業者段階で設定された社会的使命を再度見つめなおしていき,再活性化していく必要がある。」

これ等の事から,オープン・システムとしての組織が存続発展するためには,環境の変化への対応,企業内の戦略に応じて組織それ自体(社会的使命などを含む)を絶えず変化させていく必要があると言える。

第2節 先行研究に照らし合わせたレナウン社の組織変革の課題


では,レナウン社の様に外部環境,経営戦略に合わせて経営システム,組織体制を柔軟に変えていく事が出来ない要因は何か。中原(2019)は「抵抗勢力」の存在について述べている。

「組織にとって「大切なもの」を「変えよう」とするから「抵抗」が生まれる。組織にとって「大切ではないもの」を変えようとしても,誰一人として「抵抗」しません。なぜなら「変えようとしているもの」がさして「大切ではない」からです。ということは「抵抗勢力のいない組織変革」は存在しません。もし「抵抗勢力がまったくいない組織変革」が存在しうるのだとしたら,その組織変革は「組織変革」ではなかった,ということになります。さしずめ「組織変革」ではなく「組織改善」くらいだった,ということなのでしょう。」

同様にコッター(2012)も組織改革の抵抗勢力に言及しており,その抵抗理由について以下4つの理由を述べている。

一つ目は偏狭な利己主義であり,組織全体の利益よりも自分自身の利害のみに目を奪われている。二つ目は誤解と不信感であり,変革を導くリーダーと従業員との間に信頼関係がない。三つ目は現状認識のずれであり,従業員たちが変革に得られるデメリットのほうが大きいと認識している。四つ目は変革に対する受容性が低いことであり変革で求められる新しいスキルや行動を身につけられないかもしれないという恐れである。

この組織改革において必ず発生する抵抗勢力をどの様に扱うかによって,組織変革の成否が分かれると言える。これについて,猪俣(1996)は変革的リーダーシップモデルとして,組織変革の5つのステップとして以下の様に述べている。

「第一に,環境の変化が大きく,組織が現状のままでは危機的状況に陥ると知覚される必要がある。そこで,組織のリーダーは環境の変化や揺らぎを発見し,それに対応した組織コンテクストを変革しなければならない。しかし,揺らぎや変動が新たなコンテクストの創造を引き起こすきっかけになるとしても,それが現在の組織のコンテクストの変革とリンクされなければ,それらの揺らぎは組織の波乱要因であり,組織の存続を脅かす要因でしかない。組織は現状維持志向であり,慣性的性向を有しているからである。そのため,第二は,揺らぎが現在の組織コンテクストと結合し,現在のコンテクストを超えるような新たな組織機構を形成するようにしなければならないのである。第三は,変革しようとするリーダーの意志の力で,それはリーダーのビョジョンや理想水準の高さにあることである。そこで組織を変革するためには,将来の理想を示す組織のビジョンを提示し,それを達成しようとする強い意志が必要である。第四は,組織変革に対する組織成員の抵抗を解消することである。人間は安定志向や現状維持志向を持っているので変化に抵抗する。そこでリーダーは成員とのコミュニケーションによって変革の必要性を説明し理解させ,組織的抵抗を解消しなければならない。第五は,変革によって得られる利益を成員に保証することである。」

また,アージリス(2010)は「組織の罠」として抵抗勢力の存在を以下のように述べている。

「一層効果的な行動が企図されたとき,それによって生じる困惑や脅威から自己を守ろうとして構築される行動パターンを罠という。罠は根本的なジレンマを抱えている。人々が効果的な行動を立案し実行しようとして罠を利用すると,しかもそのことを忠実に行うと,罠によって逆効果の結果がもたらされる。建設的な結果がもたらされることなどあり得ないのである。」

つまり,自然現象として自己保身は起こる事であり,それらは避けようが無く,変革者自身もその罠にはまる可能性があるというのである。これらの事から,抵抗勢力に対しどの様な手段を持ってこれを解消するかが1つの焦点であると言える。


 更に,組織変革とは瞬間的に行われる事ではなく,期間をもって行われる事であり,社員には改革に適応していく事が求められる。その為には,個々人が以前のやり方や考え方を捨て,新しいやり方を身につけなければならない。シャイン(1968)は組織の変革は個人の変化によって仲介されるとして以下のように述べている。

①いかなる変化の過程にも,何か新しいことを学ぶことのみならず,既に存在し,しかもおそらくそのパーソナリティや個人間の社会的関係とよく一体化している何かをやめることが含まれる。②本人に変わろうというモチベーションがなければいかなる変化も起きない。もしそうしたモチベーションがないとすれば,そのモチベーションを起こさせることが変化の過程においては最大の難事である。③組織構造,過程,報酬制度の変更などの組織変革は,その組織の重要なメンバーにおける変化を通してのみ起きる。④たいていの成人の変化には態度,価値観,自我像の変化が含まれる。そしてこうしたものを変えることは,本人にとってはもともと本質的に苦痛でもあり脅威でもある。⑤変化は順応的対処サイクルと同様に複合段階的サイクルである。そして安定した変化が起こるためには,全ての段階がともかく切り抜けられなければならない」

つまり,個々の社員が改革前のやり方や考え方のアンラーニングをすること,改革を進めたいと意欲的になることの2つが必要であるという事である。松尾(2021)は,アンラーニングについて以下の様に述べている。

「内省・批判的内省」で自分の現状の型やスタイルを自覚し,「自己変革スキル」で進めるという3つの要素で行われる。自分自身の仕事の進め方を「内省」することが,「自分の中の当たり前」を問う「批判的内省」の基盤・土台となり,アンラーニングが進む。そして,自分の中で変える事を見極める「変革の準備」,自分を変えるための「計画性」,変革に当たり他者からの支援を求める「資源の活用」成長の機会を見逃さない「意図的行動」を意識する事で,アンラーニングにともなう阻害要因に対処することができると思われると述べている。

また,白井(2021)は改革を進めたいと意欲的になる事について,雇用制度の観点から以下の様に述べている。

「ジョブ型雇用の企業は,事業戦略の遂行に必要な人材群の確保を実現しやすく,メンバーシップ型雇用の企業では,リスキル・スキルアップをしようとする中高年は少なく,ぶら下がり社員となる可能性が高い。

これは自ら変革を起こす体質とは真逆のものであると言え,メンバーシップ型雇用は,組織改革の抵抗勢力の温床になるとも言う事ができるのではないだろうか。

第3節 レナウン社の組織変革の課題考察


 確かにファーストリテイリング社は,柳井氏の強力なリーダーシップと対話の姿勢により,猪俣の変革的リーダーシップモデルの5ステップをクリアしているように見える。一方でレナウン社は社内だけではなく,資本を握る外資企業からの抵抗に屈し,「歴代経営者は庶務課長の様であった」の様に評価されるなど,経営者のリーダーシップに明確な差が見られた。更に,社員の改革への適応においては,社員がアンラーニングのコアスキルである「内省・批判的内省」「自己変革スキル」を有しなかった場合,組織改革は「以前の考え方・やり方への回帰」という見えない抵抗にあう事が予想される。

軟弱なリーダーシップではここで終わってしまうことであろう。つまり,レナウン社の失敗の原因(課題)の1つは2代目社長以降リーダーシップが発揮されなかったことであると言える。また,ジョブ型雇用であるファーストリテイリング社は,経営戦略に合わせ,人員の増減を含め柔軟に組織の形を変えていった。一方でレナウン社は,「レナウン元気塾」という名のOFF-JT制度でリスキルを図り、構造改革と言う名の小規模リストラも行ったが,それらが成果を上げる事はなく,新しい戦略に対し抵抗勢力となる(変化を拒む)人員が膨れ上がっていった。首にならない、なんとなく管理職になれる,その様なメンバーシップ型雇用の負の側面が出ていたのではないだろうか。


第2章 組織変革の課題解決
第1節 経営者個人のリーダーシップでの課題解決(人材の取り換え)


 社員のアンラーニング,再学習が完了しないうちに,人事制度改革等のハード面の締め付けを強化すれば,組織を去る社員が多くなることが想像に難くない。改革断行時のファーストリテイリング社の離職率は「離職率3年で5割,5年で8割超」等と言われていたことから,ハード先行の改革であったのではないかと思われる。その理由は,社員にアンラーニングさせ,新たなやり方を学ばせ,定着させるという時間,工数が柳井氏の改革スピードには合わなかったのではないかと思われる。近年ではグローバル展開に伴い国内採用を縮小し,海外での採用を積極的に行っている。この様に新しい組織体制に合う人材を新たに採用できれば問題はない。採用での解決を図る為には,経営者の魅力的なビジョン発信をはじめ,採用力の強化に一層取り組む必要があるだろう。

第2節 社員個々のアンラーニング・再学習による課題解決(人材の教育)


 しかしながら,可能な限り既存の社員を抵抗勢力化せず,新たな組織体制に適応していく方法はある。米国フィルム大手イーストマン・コダック(以下コダック社)と富士フィルムホールディングス株式会社(以下富士フィルム社)は,フィルム販売において2001年時点ではほぼ互角のシェアを持っていた。しかし,コダック社は2012年に倒産し,一方で富士フィルム社は過去15年の年間成長率が10%を超える成長を遂げている。コダック社はフィルムの売上が急減する中で画像処理に集中する選択をする一方,富士フィルム社は,「既存社員の過去の成功体験をアンラーニングして,外部から学習し直すこと」を行い,フィルム事業からデジタル・カメラ事業への転換に成功した。しかし,富士フィルムで行われたアンラーニングは1年や2年で行われたものではなく10年単位の長い年月がかかっている。今後アンラーニングには,組織変革のスピードについてこられるだけの「アンラーニングアジリティ」とでも言うべき「素早くアンラーニングをする能力」が求められる可能性が極めて高い。

第3節 JOB型雇用への転換による課題解決


 戦略に合わせ,高度人材を採用し,柔軟に組織を変更する事を目的に,JOB型雇用への転換を遂げる事も,一つの解決策になると思われる。そうなった場合,白井(2021)によると以下3つの課題を乗り越える必要があると言う。1つ目は「組織の所属メンバー全ての価値観,マインドセット,ケイパビリティをどの様に変えるか」。2つ目は「過去の清算、具体的には今までメンバーシップ型雇用の中で会社にコミットすることで,一生を保証してもらう事を前提にしていた個人をどの様に扱うか」。3つ目は「既得権保護に固執する層への対応をどの様にするか」。この様な大改革には利益を得る人間と,不利益を被る人間が出る。その様な事を前提に押し切ることができるかが論点となる。


終 章 組織改革とは企業という箱を残すための手段である
第1節 結論


 2020年の新型コロナウイルスの流行は,図らずも多くの企業にとって変化の推進役となり,業務において既に進みつつあった変化を一気に加速させた。多くの企業がこの危機に促される形で,ようやく重い腰を上げて変革を実行に移すこととなったのである。例えば日本では,長年にわたってリモート勤務を普及させるための取り組みが行われてきたが,一部のIT企業が取り組む程度に留まっていた。しかしながら,緊急事態宣言の発出で強制的に進んだと言える。

今後は,対面で,ひざを突き合わせて進める仕事の仕方をアンラーニングし,新たな仕事の進め方を学習することに成功した人間は,今後もより良いリモート勤務の仕方を開発していくことであろう。一方で,旧来の仕事の進め方をアンラーニングする事ができず,対面の仕方にこだわる方が抵抗勢力として「全員出社に戻す事」を訴え続ける事となる。その様な方々をクビにするか,アンラーニングを促し地道に変えていくかと迷う事は無いだろう。現状はアンラーニングアジリティが低い社員が抵抗勢力化することが多く,再配分以外の選択肢を取る事が難しい。組織改革を柔軟かつ円滑に進める為にも,抵抗勢力の発生しにくいJOB型雇用に移行していく事が企業を守る事になる。


第2節 残された課題「組織変革の課題」


 組織改革には抵抗勢力を押さえつけ,それを推進することができる強力なリーダーシップが必要である。柔軟性を欠いた社員がアンラーニング,再学習する時間など与えず,切り捨て,取り換える事が最も効果的な組織変革の進め方の1つではあるが,日本では難しい面もある。人材の流動性を高めない活動,不利益変更を抑える活動を行う労働組合の存在は,組織変革の最大の課題と言えるのかもしれない。


(参考文献)
※松尾睦(2021)『仕事のアンラーニング』
※アージリス(2010)『組織の罠』
※白井正人(2021)『ジョブ型雇用の全て』
※日本経済新聞(2020)『レナウン破綻,従業員が告白「原因はコロナじゃない」』
※真壁昭夫(2014)『無敵のビジネスモデルに組織改革は必要か?減益予想のユニクロに吹き付ける「逆風の正体」』
※日本の人事部(2012)『目指すのは三つの“C”――Change、Challenge、Create
人財を通じて改革を推進する「レナウン元気塾」の挑戦』

(注)
※「官僚制の逆機能」:規則を固守することが目標になるという目的の置換が行われ,
環境変化に柔軟に対応できなくなってしまうこと。ロバートキングマートンは①訓練された無能,②最低許容行動,③顧客の不満足,④目標置換,⑤個人的成長の否定
(6)革新の阻害という現象のことと考えている。

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