一生怖がりながら生きていく
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一生怖がりながら生きていく

野生動物並みの危機察知能力と警戒心を生まれもっていると自負している。

男性という生き物は、繁華街でいかに肩で風を切って堂々と歩くとか、狭い路地で、向かいから歩いてくる相手より先に道を譲ったら「負け」、みたいな小さなプライドと戦いながら生きている。

やはり男たるもの、「強く見られてナンボ」だし、「オス」としての本能がそうさせるのだと思う。強いオスはモテるのだ。

しかし、そんな「男の本能」を頑なに拒否し続ける個体もいる。つまり僕だ。タイトルで述べたように、

いつも怖がりながら外を歩いている。

街ですれ違う人々、電車で乗り合わせた人達、レストランで隣の卓に居合わせた集団

これら全ては素性の全く分からない他人である。

その人間について一瞬で分かることは、せいぜい性別くらいだ。つまりそれ以外の要素は全て分からないのであり、

僕たちは日々、そのような「謎の人物」達との対峙を、大量に強いられながら生きて行かざるを得ない。

これが恐ろしい

対向から歩いてくるのは、すぐキレて暴力を振るうのに躊躇いのない、理性欠如型人間かもしれない。

駅のATMで後ろに並んでいる人は、平気で舌打ちをしてくるような無神経な人かもしれない。

電車で正面に座ったサラリーマンは、目が合ったことに腹を立て、いきなりこちらを恫喝してくるかもしれない。

このように、一歩外に出れば、そこら中に危険が溢れているのだ。

少年ジャンプ連載の、『HUNTER×HUNTER』という漫画の中に、極悪非道の幻影旅団という盗賊グループが登場する。

そのリーダーは、相手との戦闘に関して、100%確実に勝てる材料を集めてから戦うというポリシーを持っている。

僕も全く同意見である。全くデータのない相手に対して、オスの本能全開で、肩で風を切って相手を威圧しながら街を歩くその姿を見て感じるのは、

ジャングルをタンクトップとトランクスだけで横断しようとする無謀さだ。

これを自殺行為と呼ばずになんと言おうか。

だから僕は、外を歩く時は、野生のウサギ並みに、全方向に対しての警戒を怠らない。

正に、一瞬の油断が命取りだ。

対向30メートルから歩いてくる人物に、不穏な空気を感じとれば、迷わず道を変える。

危険を察知した対象と無防備ですれ違うなどという行為は、到底あり得ないのである。

こんな事を友人に話すと、

「毎日そんなに警戒して疲れないのか?」

と言われることがあるが、

残念ながら全く疲れない

むしろ、「危険を回避できた」という喜びと達成感に浸りながら毎日を過ごしているので、基本的にメンタルは安定している。

僕にとって、外を歩くことは、

自衛隊の軍事演習のようなものかもしれない

この、日常の中でストイックなトレーニングができている環境そのものが、個人的には堪らないとさえ思う。

常日頃から己を研ぎ澄ましていたいのだ。

自分で言うのもなんだが、人の機微を見て、感情を何となく読み取ることに長けている。

人に言われる前に先回りしてアクションを起こすことができるし、

飲み会に行けば、誰がどれくらいずつ喋っていて、誰があまり参加できていないのか、どのくらい食べていて、どのくらい飲んでいるのか

この辺りのことも常に把握できている自信がある。

言うのはタダなので、あえて言わせて欲しい。

僕は気遣いのプロフェッショナルだ。

危険をいち早く察知できるということは、

他人の変化に敏感に気付けるということと同義であると考えている。

微かな変化に気づければ、常に先回りした行動をとれることになり、物事の成功率は格段に上がる。

そして、生物として、1日でも長く生存する可能性を上げることができる。

勇敢と無謀の明確な区別ができる物のみがこの世界をサバイヴできる。

無謀は自分の力を過信し、希望的観測に支配された危険な行動を促す、壮大な勘違いだ。

勇敢とは、己を過信することなく、物事全てに対し、適切な緊張感と万全の準備を持って挑もうとする、謙虚な闘争心だ

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プロのフリーター。(自称)意識高い系フリーターとして、心のままに毎日楽しくのびのび暮らしています。シンガーソングライターとしてもこっそり活動中。