「その世界ではどんなことばが生まれているのか」から逆算する、「発言目標」という考え方。
プロジェクトやチームの目標を決めるとき、ビジョンなどの「あるべき姿」を示す定性目標や、売上目標などの達成すべき数字としての定量目標を定めることになると思うが、それ以外の指標として「発言目標」という考え方がある。これは、そのプロジェクトないしチームづくりがうまくいっているとき、まわりの人たちからはどのような発言が生まれているのだろうか? を考えてみて、その言葉の獲得から逆算して日々の活動を設計するというもので、チームを共通の方向へ向かせるためのアプローチのひとつだ。
まず前提として、目標とはめちゃくちゃ大事だ。どこを目指すのかを指し示す道しるべとして自分(たち)の存在意義を代弁するものであると同時に、生存条件でもあるからだ。だから、組織のトップは必ず目標を設定し、部下にはそれの達成を徹底させる。
一方で、組織のトップが長い時間をかけてビジョン(=定性目標)を設定しても、メンバーあるいはアルバイトレイヤーにまでなかなか浸透しないのはよくある話だ。崇高なビジョンであればあるほど抽象的でかつ現実的には達成できないものになる。たとえば、Googleのビジョンが「To provide access to the world’s information in one clickーワンクリックで世界の情報へのアクセスを提供すること」であるように。Googleが目指す世界をワンセンテンスで表現したビジョンであると同時に、たった1Clickで世界の情報(この言葉の定義もあいまいだが)に到達することは不可能である。実際には、Google Chromeを開く動作でただちにその1Clickを消費しまう(Web3の時代変化を考慮すると、世界中の情報に最小限の負荷で到達することの象徴である「one click」も将来的には別の言葉で置き換えられそうな気もするが、それはまた別の話)。
ビジョンはその抽象度の高さやあるいは当事者意識の温度差から、上層部と現場とで解像度に差が生じてしまいがちだ。
あるいは、売上目標(=定量目標)についても同じことが言える。
企業の売上目標とは、たとえば、1,000人の人材を雇用しながら会社の時価総額を2倍にするためには、これくらいの売上額が必要になる、というような計算をして設定される。だがそれに対する熱量、つまり「絶対にこれを達成しなければいけない!」という執着の度合いは、人を雇うことになんの責任ももっていないイチ社員と、経営者(あるいは目標設定をした人)とでどうしても距離が生まれてしまう。
その目標が設定された背景を説明することで、それに対する温度をある程度そろえることはできる。そして、それは経営者あるいは現場のリーダーにとって重要な仕事のひとつだ。「数字やビジョンのことばを各自で咀嚼して、自分ゴト化してください」と行間を読んでもらえることを期待しているだけではいけない。が、やはり、自ら目標を設定した人と、誰かが設定したそれに従う人とで同じレベルの当事者意識をもつことは難しいだろうというのがぼくの意見だ。
そこで、発言目標である。
「いい営業活動ができているとき、顧客はその営業担当になんてことばをかけたくなるだろうか」
「部下が働きやすい職場だと感じているとき、部下は上司との1on1でどういった相談をするのだろうか」
こんな感じで、「自分たちが目指す世界を実現できているとき、その世界ではどんなことばが聞こえてくるのか」それを目標に掲げてしまうのだ。これが有用なのは、「顧客からどんなことばを言われたら嬉しいか」も「どんなことばが飛び交う職場で働きたいか」も、自分が対象となっているのでたいへん自分ゴト化がしやすいという点にある。
ぼくが発言目標の存在に気づいたのは、高校生だったころにテレビだったか新聞記事だったか忘れてしまったが、ある著名人の専属記者が「このことばを聞くまでは帰れません」と語っているのを目にしたときだ。「なるほど、『誰々からこのことばをもらう』ということが活動のゴール(目標)になる得るのか」と目から鱗が落ちた。
当時、ぼくは高校のサッカー部で主将兼監督の立場にあった。サッカー部の目標といえば、全国大会出場とかリーグ戦優勝とか、そういった定量的なものが多いのだが、部員からどんな発言が出ている部活にしたいか、は考えたことがなかった。それ以降、自分が実現したい世界ではどんな発言が生まれているのだろうかと、考えようになったのだ。
ちょうど半年前、従業員満足度のアンケート結果が出てきた。ぼくの部署の点数はグループ会社全体で見ても高い水準にあり、それはまあよかったのだが、細かく見ていくといくつか悪化している指標があることに気づいた。
「仕事とキャリア(=自社で働くことにより、個人的なキャリアゴールを達成することができる。)」と「成長環境(=上司や同僚から定期的かつタイムリーにフィードバックを受けている。)」の点数が前回調査時から下がっていた。
そこでぼくは各ユニットのマネージャーを集めて、「ここから半年間、部下から『もっと成長するためには、ほかに何をしたらよいでしょうか』と相談をされる、そこから逆算して部下との向き合いかたを見直していきましょう」と指示を出した。そして、そのことばを引き出すためにどういったことを仕掛けているのか、毎週マネージャー同士で情報交換してもらった。
マネージャーたちも発言目標という目標設定の仕方に慣れていなかったのか、はじめのころは「Aさんが、こんなことをいってくれました」という結果の報告しかされず、そのことばを引き出すために「こういう施策をした」とか、「1on1ではこんなフィードバックをしている」といった会話にはなっていなかった。が、それも3ヶ月が経つころには徐々に変わってくる。
「メンバーにとって幸福度が高い瞬間とそれをするためのアクションをマンダラチャートに書いてもらったら、『この幸せな瞬間をもっと増やすためには、こういうことができそうだと思いました』と言われた」
「自分たちで主体的に挑戦したり、工夫させるために、週次の振り返り会をメンバー同士でやらせるようにしてみたら、『ほかにもっといいやり方ありますか?』と部下たちから相談されるようになった」
そんな発言がマネージャーたちから出てくるようになった。それに対して、ほかのマネージャーが「なるほど、それ面白いね。うちのユニットでもやってみよかな」と言っている。
ぼくが密かに発言目標にしていた、マネージャー同士で「え、それいいじゃん、オレ/わたしのところでもやってみたいから、ちょっとやり方教えて」のやりとりが生まれてきた。
この発言目標を設定した結果、従業員満足度の点数が改善したかはまだわからない。が、じつはこれをやり始めてから、事業成果の数字が少しずつ良くなってきている。顧客からの案件紹介数や、現場でのアップセル・クロスセルの提案件数が明らかに増加しているのだ。次のアンケート結果が出てくるのも楽しみだ。
今日は発言目標という目標設定の手法について話した。抽象的なビジョンや数字の目標だと現場の社員はなかなか自分ゴト化しにくい場合がある。そこで「どんな発言が生まれたらいいか」を目標にしてみる。発言目標は、コーポレートビジョンや時価総額に比べると自分ゴト化がしやすい。そのため、チームの足並みをそろえるのに割と有効だ。メンバーとの温度差に頭を悩ませるリーダーのかたがいらっしゃれば、ぜひ一度試してみてほしい。
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