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【連載 Bake-up Britain:舌の上の階級社会 #30】 キュウリのサンドウィッチとポークパイ(4/4)

ポークパイ・ハットとカリブ系移民

ところで、イギリスとは少し縁遠いような気がするかもしれないが、ポークパイと聞けばまずジャズ・ベーシストであるチャールズ・ミンガスの名曲「グッドバイ・ポークパイ・ハット」が耳に響いてくるという人も多いのではないだろうか。ポークパイ・ハット(山高帽)を好んで被っていたサックス奏者のレスター・ヤングの死を悼んでミンガスが作曲したこのインストゥルメンタル曲は、1959年のリリース以来、数多くのミュージシャンによってジャンルを横断してカヴァーされてきた。

ホークパイ・ハットを被るレスター・ヤング(1944年)

この曲が収録されているアルバム『ミンガス・アー・アム』には、南部アーカンソー州のリトルロックにある高校でアフリカ系の生徒の登校を州兵まで動員して止めさせようとした人種差別主義者のオーヴァル・フォーバス州知事や当時のドワイト・アイゼンハワー大統領を皮肉交じりに非難した、「フォーバス知事の寓話」などの有名な曲に混じって、「ブギー・ストップ・シャッフル」というダンサブルな一曲が入っている。

1986年に公開されたジュリアン・テンプル監督の『ビギナーズ(原題はAbsolute Beginners)』に、ギル・エヴァンスがアレンジ・演奏する「ブギー・ストップ・シャッフル」が使われている。デイヴィッド・ボウイやレイ・デイヴィスといったミュージシャンに加え、シャーデー、パツィー・ケンジット、ロビー・コルトレーンなども登場する、「スウィンギング・ロンドン」前夜の若者たちの刹那的なエネルギーと社会の現実との交錯を描いた映画である。原作はコリン・マッキネスの小説で、物語のクライマックスは1958年のノッティング・ヒルの人種暴動である。

サブ・カルチャーでいうならばテディー・ボーイズと初期モッズの時代。ジャズを愛したモッズたちがロンドンの歓楽街ソーホーのジャズクラブで踊りふけている一方で、テディー・ボーイズたちは増加するカリブ地域からの移民への敵愾心を強めていくのだが、そうした人種間の緊張が高まっていた1950年代、次第にジャズとロックの狭間にある若者の音楽文化を象徴する一曲として、「ブギー・ストップ・シャッフル」が挿入されているのである。まだ公民権運動が大きなうねりとなる前から一貫して人種差別に対しはっきりと抵抗していたミンガスの楽曲は、主題歌を歌ったボウイやスタイル・カウンシル、ニック・ロウ、ジェリー・ダマーズ(ザ・スペシャルズ)らの中で強烈なアクセントを残している。

同作の中で「ブギー・ストップ・シャフル」に負けず劣らず決定的な役割を果たしているのが、マイルス・デイヴィスの名曲「ソー・ホワット?」に歌詞を付けてカヴァーするレゲエ・シンガーのスマイリー・カルチャーである。警察による家宅捜査の最中に自殺したとされるこのUKサウンドシステムが産んだ逸材は、1948年以降にカリブから移民してきた「ウィンドラッシュ世代」[*注1]の両親の間にロンドンで生まれた。

当時、ジャマイカ、トリニダード&トバゴ、ガイアナ、セントルシアなど、旧英領西インドからイギリスに移民して、ロンドンやブリストルのみならず、ノッティンガムやレスターなどの東ミッドランドにある工場や炭鉱にも散っていった成人男性の多くが被っていたのが、ポークパイ・ハットだった。帝国の一部から帝国の一員として、労働力不足を補ってくれという宗主国の要請で海を渡ってきたのだ。だから一張羅を着ていく。ポークパイ・ハットはそのドレスコードに欠かせぬアイテムだったのである。

自分が被っている帽子の愛称の出処であるパイを実際に目にして、そして請われてやって来たはずなのに白人イギリス人による人種差別に晒されて、彼らは何を思っただろうか。2018年には内務省の(意図的な?)ミスによって、旧植民地(コモンウェルス)出身のイギリス臣民であるにも関わらず、在留資格を喪失したり強制送還の憂き目に合う人々がこの世代から続出した。ミンガスのジャズ、1950年代アメリカの人種差別、労働力としての移民、そしてその人たちが直面したイギリスでの人種差別。ポークパイは、確かに比較的単純な食事のメニューかもしれない。しかしその名前によって、20世紀の大西洋両岸で猛威をふるい、未だに根強く巣食う人種差別を期せずして想起させられてしまう料理でもある。

先に触れた「まじめが肝心」のアルジャーノンは軽薄なおふざけ者には違いないが、時に本気で本質をつくようなセリフを吐くことがある。

「食事に真剣でないようなやつは大嫌いだ。とても浅はかだよ」

『オスカー・ワイルド全集 2』西村孝次訳、青土社、1989年、469頁

なるほど、ポークパイを真剣に考えていくと、浅はかなままではもういられない。


(完)

注釈
*1  「ウィンドラッシュ号」という船が1948年から1971年までカリブ地域から多くの移民を乗せてイギリスに到着したことから、その間のカリブ系移民を「ウィンドラッシュ世代」と呼ぶ。


ルバーブ・クランブルのレシピ

径20センチの耐熱皿

材料

ルバーブ        300g
薄力粉         50g
アーモンドパウダー   50g
オートミール      30g
ブラウンシュガー    40g  
ブラウンシュガー    大さじ2
無塩バター       60g
塩           ひとつまみ

作り方

①ルバーブは茎が赤い品種を選び、よく洗い2~3cm幅にカットして大さじ2のブラウンシュガーをふりかけておく。

②薄力粉とアーモンドパウダーを合わせてふるい、そこにオートミール、ブラウンシュガー、塩を加える。

③室温に戻しておいたバターをボールに入れてなめらかなクリーム状にする。そこにふるっておいた粉などをくわえ、ヘラで切るように混ぜてほろほろした状態にする。これを冷凍庫に10分ほど入れて冷やしておく。

④耐熱皿にカットしたルバーブをならべ、冷しておいたクランブルを指先で細かくほぐしながら全体にふりかける。

⑤180℃に予熱しておいたオーブンで30分~40分ほど焼く。クランブルにかるく焼き色がつけば焼き上がり。熱々なクランブルにアイスクリームを添えて、、、また冷蔵庫で冷やした冷たいクランブルでもおいしいですよ。


次回の配信は8月11日を予定しています。

The Commoners's Kitchen(コモナーズ・キッチン)

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