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留学中止を覆させた話②【コロナ禍留学】

¡Hola!  maiです。

前回投稿の続きを書いていきたいと思います。
もし先にこちらに辿り着いて下さった方は、①も読んでいただければと思います。→https://note.com/comilonachan/n/n00581ca5db70


友人に声をかけてもらい、同じ状況の学生たちで集まってできた有志団体で大学に詳細で正当な説明と判断の再検討を求めるアクションを起こすことに。何度か会議をしてまとまった、私たちの主張は以下の3つです。
(2021春時点の情報なので一部変更された可能性あり)

①なぜ外務省の海外安全情報のみで一律判断なのか
・感染症危険情報は旅行目的を含むもので、留学中止を喚起するものではない。(団体メンバーが外務省に確認)
・2020年秋から更新されておらず、常に状況を反映しているとは言い難い。


②接種率や感染状況も判断基準に含めるべきではないのか
・日本よりワクチン接種が進んでいる、感染状況が落ち着いている国があるにも関わらず判断基準に含まれないのは、留学センターが国ごとに常に変わり続ける状況を物理的に追い続けられないことが理由にある。学生ごとに自分で調査し、信頼できる書類の形にして報告したい。

③多くの受け入れ先の大学がすでに入学許可証を送ってきている
・留学生受け入れの体制も整えられていると捉えられる。
・入学許可証を受け取ったにもかかわらず渡航中止になると、大学としても今後の交換留学協定において不利益が生じる。
・交換留学のシステム上、協定校から派遣されて日本に学びに来る学生の対応はどうするのか。許可証を受け取ったということは受け入れ先大学が渡航を伴う留学が出来ると判断したといえるが、大学間の認識において齟齬が生じているのではないか。

といった内容です。


団体のメンバー各々留学センターにメールを送ったり、実際にセンターに足を運んで直接話を聞いてもらったりと色々なことを試みました。しかし
「留学出願の際に大学の決定に従うとサインをしたはず、条件も前もって話したはずだ」との回答しか得られず。それでも、刻々と変わり続けるコロナ禍の状況を鑑みた、臨機応変な対応をしてほしいと訴え続けました。
その結果が、一つ目のステップに結びつきます。

「一度、お互いに話し合う場を設けましょう」

留学センターと留学予定者の「意見交換会」を設けてもらえることになり、団体内で会議をして質問内容と主張をまとめ、学生や親、教授からも署名を集め、当日に臨みました。

・・・

結果、40分しかない話し合いの時間のうち、30分以上最初のガイダンスで説明された内容の繰り返し。質問時間は10分もありませんでした。

え。意見交換とは?
詳細な説明をして欲しかったわけではなく、私たちは「話し合い」がしたかったのに。留学センターからしてみれば誠実な対応だったのかもしれません。それでもフラストレーションの溜まった私たちからすれば、そうは到底思えないものになってしまいました。

そして質問の答えはこうでした。
「観光でも危ないなら、海外で生活をする留学生はもっと危ない」
「観光で行けないような所に渡航しようというのが、そもそも異常」
「海外事情に精通した外務省の基準は信用できる」

「大学は外務省に従ったまでです」

私たち「???????」

そもそも当時外務省の認識は、
「個人個人の留学に関してまで外務省が精査できないため、可否は大学が判断するよう求める」というものでした。つまり、外務省の情報を基準にしているという理由で大学が判断の責任は負っていないと主張することは少しズレているわけです。私たちのモヤモヤは増えるばかり。

さらに大学は、
「自分たちでリスク管理ができる?君たちは自己責任という言葉の本当の意味を理解していない」と、渡航中止の理由を付け加えました。

私たち「?????????????????」


疑問と不信感が募っただけで、何の解決にもならない時間でした。
私たちはこのまま引き下がるわけにいかず、会議を重ねながらもう一度きちんと話し合いの場を設けるようメールや直談判を続けました。
留学センターからは、「先日の意見交換会を受けて、再度検討中です。まとまり次第お知らせするのでそれまで待ってください。」しか言われず。
え、この間何も私たち主張できてませんけど?あれで終わり?と、さらにモヤモヤ。


モヤモヤをどう解決するか、その判断を受けてからどう行動を起こすか、会議を続けていた私たちに「お知らせ」が届きます。

「基準は変更せず。感染症危険レベルが1以下の国へは原則渡航中止」
「但し、ごく一部に関しては特例措置として渡航を認める可能性がある」

うーーーーん。反抗できない方法を取ってきたな、と思いました。
特例措置の申請には、対面授業実施など数々の条件をクリアしている証明、渡航先の国や地域、大学の感染状況やワクチン接種、自分なりの対策などを書類でまとめて提出してくださいとのこと。しかも認められるのはごく一部。
そこまでやらせて渡航させなかったら本当に鬼だな、と思いましたが、とにかく残された道はここしかなかったので、死に物狂いで書類を完成させました。


結果、これは特例措置という名の渡航許可でした。私も無事申請が通り、今スペインで大学に通うことが出来ています。
体感ではありますが、結果ほとんどの申請者の渡航が認められることになったように思います。(「ごく一部」って何だったのかは謎のまま…)

今考えれば、今までにない状況に留学センターも疲労困憊だったと容易に想像がつきますし、あの時言われたことも納得がいく部分もあります。
それでもうるさく訴え続けた私たちの声に耳を傾け、心を動かしてくれたことに今では感謝の気持ちでいっぱいです。


正直、提出期限がテストとレポート提出の期間と丸被りしていたので、そんな中で通るかもわからない、課題のレポートの3倍以上の分量の書類を作るなんて頭がどうにかなってしまいそうだったのですが(笑) 文句と泣き言をひたすら垂れ流しながら作業していた時もずっと支えてくれたのは紛れもなく家族でした。前回でもちょろっと触れましたが、本当に今があるのは家族のおかげです。


前回よりだいぶ長くなりましたが、私の一人語りはこのあたりで終わらせていただきます。大まかにでもお伝えできてれば幸いです。

こんな状況でも諦めないで良かったと思うと同時に、諦めないことって本当に大切なんだと感じています。諦めなかった人だけが見られる景色と得られるものってこういうことなんだな…自分の夢のためなら、人は色んな手段を使いながら前に進み続けることが出来る、頑張り続けることが出来るんだな…と実感したいい経験になりました。


許可が降りたのが渡航予定日のほぼ1ヶ月前だったので、またここから怒涛の渡航準備が始まるのですが。いつかそのドタバタぶりも書き起こしたいなと思っています。


改めて稚拙な文章でお恥ずかしい限りですが、これも心の中に渦巻いているものを言葉に書き起こす練習のつもりなので、温かい気持ちで見ていただければ嬉しいです。


では。


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