「もがく女の出版ヒストリー」平積みの夢を叶えるために~第8話
第8話:書店の仕事裏事情
この世に誕生した自分の本は一体どうなるのか?
本当に書店の売り場に置いてもらえるのだろうか?
倉庫に置きっぱなしで時が来たら返品されてしまうのではないか?
愛しい我が子の行く末が心配になり、いてもたってもいられず
大手の書店でバイトをすることを思い立つ。
出版社からは著者の営業や挨拶まわりは禁止されていたが、
「本屋や書店でバイトをしてはいけない」とは言われていない。
そうだ!
現場で働けば書店の実態がわかる。
本の流通過程を見れる。
そして本屋で働けば自分で自分の本を売れる、かも。
で、もしかして、もしかしてもしかしたら
“平積みの夢”だって叶うかもしれない!?
そして、本が売れたら物を書く仕事に就けるはず……。
などと不純な思いを抱き
(てか、それが目的なんだけど)
書店に潜り込んだ。
ドキドキしながら迎えた初出勤。
仕事に早く慣れるか?人間関係がうまくやれるか?
その心配よりも
平積みの夢を果たせるのか?
自分のミッションを果たせることができるのか?
という意味で緊張感は高まる。
わたしが潜り込んだ大手の書店は
一階は雑誌・実用書・小説で、
二階はコミック、
三階は 専門書となっている。
あ、自分の本が置かれるとしたら
この1階の恋愛小説のコーナーの棚に納められるのよね。
ここに来た人はどんなふうに手にとるのかしら?
考えるだけでドキドキした。
しかしそんな浮ついた思いのほか
本屋のバイトはとんでもなくキツかった。
この仕事は重労働であり“ガテン系”だ。
書店の仕事→本を扱う綺麗な仕事→安心安全、平和な職場
なんて勝手な思い込み。
わたしは人より早くに社会に出て、
社会の現実にもまれてきた。
会社や職場というのは
仕事内容の表向きの雰囲気、外からみたイメージと
内情の“ギャップ”があるのは当たり前。
そんな「理想と現実」をわきまえてきたつもりであった。
が、甘かった……。
書店の仕事というのは
利用する客側、本を買う消費者目線では考えもよらなかった
まるで違う世界。
とにかく肉体労働!
体力が必要!!
(え?本屋なのに?と思うでしょ?)
書店の仕事はレジや接客ではない。
本を売ればいいわけではなかった。
いま雑誌で大事な付録。
これがクセモノ。
“雑誌の付録づけ”はバイトの手作業で行われた。
紐で一冊ずつ縛る梱包の仕事は大変だった。
くわえて紙で指を切りやすかったりもした。紙は鋭い凶器ともなる。
しかも、驚くべきことに大型書店の仕事は
返品作業がメインといっても過言ではなかった。
本を「品だし」(並べたり配置換えをしたりなど)の仕事と
そして「返品」作業が繰り返される。
日々新しい本が入荷されてくるので
古いものはどんどん抜かねばならない。
書店には場所がないのだ。
「返本」はダンボール箱に新刊と入れ替え
“売れ残った本”を問屋に返却する業務。これが毎日あるのだ。
書店の仕事とは
まさに「売れなかった本」を”また送り返す作業”。
これが重要であるという事実と、この返品の量がハンパないということも衝撃的だった。
本というのはとにかく重い!
本がズラッと入った段ボール箱を想像してほしい。
女性がそう簡単にヒョイと持ち上げられる代物ではない。
返品する本たちを取次店(本の問屋)の専用の箱にパンパンに、
目一杯つめる。
それを台車に乗せて運ぶ。何箱も何箱も、だ。
そんな”毎日が引越し”みたいな作業をやる。
書店が腰にツライ仕事とは思わなかった。
しかもここは大型書店で売り場面積が広い!
掃除は新人の仕事だったのでそれもキツイ。
加えて新人のわたしは色んな部門にタライ回しにされた。
バイトに担当部門はないので
社員のヘルプで呼ばれたら何処にでも飛んでいく。
パシリ美佐子。
だからその部門部門で売られている本を覚えるのも、
その部門で働いてる社員さんに合わせることもある意味で重労働であった。
困ったのは“本に対しての知識”のなさ。
お客さんは当然わたしが知ってると思ってきいてくる。
本のタイトルを言われるならまだしも
「〇〇って人が出してる本ありますか」
「こないだテレビに出てたんだけど」
とか言われてもサッパリわからん。
どんなジャンルの本かも不明だったりする。
話題の本や平積みされてる本ならまだしも
この膨大な本の量、数多くの著者の作品が山ほどあるのだ。
大きい書店ではコミック、児童書、専門書、小説などなど
各部門に正社員の担当者がついていて本の知識を持っているのだが
昨日今日入った新人バイトになぞわかるわけがない。
お客様から本の中身や内容なんて質問されても答えられない。
いい加減なことはいえないので
仕方なく正社員の方を呼ぶハメとなる。
そのたびに嫌な顔をされ、ため息をつかれるのである。
……わたしだって呼びたくて呼んでるわけじゃない。
しかも、
この書店で働く人達はとにかく暗かった。
こちらが
「おはようございます」
「お先に失礼します」
「お疲れ様です」
と挨拶してもきちんとした声で返してくれないし、
目も合わせてくれない。
ここはコミ障の集まり?
人との交流をわざと避けてる?
「口角を上げる行為をわすれてるんじゃね」
といいたくなるくらい
働くひとの笑顔はほとんどみられない。
休憩時間も恐ろしいくらい無言。
休憩場所、控室はシーンと静まり返っている。
人がいるのに!!
休憩しているほとんどのひとは
食べたり、飲んだりもするけど
たいてい本を読んでいる。
会話するのが煩わしいから
わざと読んでるんじゃないのか?
話しかけないでオーラ全開バリバリ。
みんな人間より本が好きらしかった。
とにかくこんな静かで寒々とした控え室は
いまだかつてどこの会社でも経験したことはないわ~。
ただ
数年務めているパート主婦、真弓さんだけがわたしに明るく接してくれた。
真弓さんと一緒の勤務の時は唯一の救い、心強かった。
心の器がでかく、ついでに身体もふくよかな真弓さんはホント楽しい人。
高校生の娘さんとその彼氏の話をわたしにたくさんしてくれた。
しかし、わたしたちが仲良くするのを気に入らない社員がいたようで
ひとつきもしないうちにわたしたちは、引き裂かれ持ち場を変えられてしまった。
その書店で一番恐ろしかったのは、実用書担当者の女子社員だ。
アラフォーで黒髪のストレートのセミロング。
色白の肌に黒髪が美しかった。
顔立ちはきれいなのに残念なのは眉間にシワを寄せることだ。
彼女は、イキっていた。
いつもツンケンしていた。
「私は仕事ができるのよ!」
「私は頭がいいのよ」
「あんた達とは違うのよ」
という見下しビームが目からでていた。
わたしは彼女のことを心の中で”タカビー帰国子女もどき”と呼んでいた。
新人バイトに
ちゃんと教えない、説明もロクにしてくれないくせに
こちらから仕事に関する質問をすると
「そんなことも知らないの?」という冷ややかな目で睨まれた。
わたしにはわかる!
彼女はぜったいに男に媚を売ったりしない。
彼女の口から「きゃぁ、嬉しい~」とか「わ~可愛い~❤」という黄色い声はぜったい出ないだろう……。
そしてそんな”タカビー帰国子女もどき”とはまた違う
変わり者ジャンルがコミック担当の女子社員だった。
この方は多分、漫画の世界に命をささげている。
コミック本に対しての専門知識は申し分ないくらい素晴らしく
マニアックなんてものではない。
オタ、もといっ、神だ。
そして彼女の私服にはぶっとんだ。
ここはコスプレ会場か?
たぶん漫画にでてくるヒロインのカッコをマネているのだと思う。
なんともメルヘンチックなフワフワのスカート、レースが付いたヒラヒラのブラウスを身にまとい、頭にドでかいリボン、カチューシャ、もしくは帽子をのっけている。
そしてハイソックスと厚底の靴。ロリータファッション。
そのカッコでご出勤してきてお帰りになるのだ。
またコミック担当の別の女性社員は
どうも「ボーイズラブ系」にハマっているようで
“おやじども”とは、ことごとく話そうとしない。(客は別)
バイトの若いお兄ちゃん(イケメン風)とは普通に話すのに
メタボなおやじ社員とは絶対に話さない。
おやじから声をかけられると露骨に嫌な顔をするのだ。
美佐子は決してそういうとこを見逃さないw
脂ギッシュなおやじはノーサンキュー。
きれいな男の子以外は嫌いなんだろう……。
加えて
わたしがバイトの若いお兄ちゃんと世間話をしようものなら
話に割ってはいってきて
わたしをイケメンバイトから遠ざけた。
そんなそんな特殊な職場だったのである……。
そして
いよいよ、わたしの本が各書店に配本される日がやってきた。
出版社からは「逃げられる女」の本が置かれる全国の書店リストが届いている。
わたしが働くこの書店には数冊入荷が決まってた。
本当に自分の本はここに入るのだろうか?
本当に売り場に置かれるのだろうか?
ガセでもホラでもデマでもないよね?
その日わたしは午後からの出勤だったが
それより早く出向いてその書店の恋愛コーナーの陳列棚に向かった。
「逃げられる女、逃げられる女……」
ドキドキしながら本の棚を目で追った。
(平積みされてるハズなどないので平積みコーナーなどみるよしもない)
あ、
あった!!
見覚えのあるデザインの表紙。
ピンク色カラーの表紙。
それを陳列棚から引っ張り出し手に取りマジマジと眺めた。
「ちゃんと無事にここまできたのね」
「よかったね」
うるうるしながら愛しい我が子に声をかける。
安堵と同時に
わたしは感じた。
このドデカイ棚に2冊くらい置かれたところで誰が手にとってくれるんだ?
この棚からだれが引き出してくれるというのか?
わたしは恋愛コーナーに並んでいる平積みの本を眺めた。
江國香織さん、林真理子さん、群ようこさん、唯川恵さんなど
大ベテラン、ベストセラー作家の作品が平積みで置かれている。
わたしは心の中で「ごめんなさい」と唱えながら
その平積みの上に
自分の本をそっと置いたのだった……。
<続く> 第9話:夢の平積み
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