見出し画像

「もがく女の出版ヒストリー」平積みの夢を叶えるために~第9話

第9話:夢の平積み

あ、あった!!
 
ピンク色のカラーの表紙
自分の作品「逃げられる女」を陳列棚から引っ張り出し手に取り眺めた。

しばし、感無量……。
 
も、つかの間、ふと我に返る。
このドデカイ棚に三冊程度、目立たずひっそり
置かれたところで誰が手にとってくれよう。

わたしは恋愛小説コーナーで
デーンと構えてる”平積みの本”を眺めた。

江國香織さん、林真理子さん、群ようこさん、唯川恵さんなど
名だたる作家の作品が並んでいる。

わたしは心の中で「ごめんなさい」とつぶやきながら
その平積みの上に自分の本をそっと置く。

すると
平積みのベストセラー作家たちから
「ここはアンタの来る場所じゃないのよ!」
「身の程しらず」
とすごまれてる気がした。
 
あぁ、
ここは有名どころが大きな顔のできる陳列スペース。

そう、わたしは知る人などいない、無名の人間。
ネームバリューのない人間はお呼びではない。

平積みは権威性の証。
ここは凡人には入れない”聖域”なのだ。


わたしは慌てて自分の本をそこから引っ込め元の棚に戻した。
 
……でもでもでも
わたしがこの書店に潜りこんだのは平積みの夢を叶えるため。

それを実現しなかったらなんのためにここにいるの?

なぜこの陰湿な職場でこれまで働いてきたの?

自分の本をただ眺めるためだけなら
わざわざ書店で働かなくとも良かったじゃないか。
 
ここまでやってきたことが無駄になるのはイヤ。

なんとしても平積みを達成させるのよ
この聖域になんとかして割り込むのよ。

……あ、そっか!
本を仕入れ、陳列のスペースを考えるのは“書店の店長の裁量”!

それなら

わたしが店長に気に入ってもらえばいいじゃないか。


 著者名や本の中身を知ってもらって仕入れてもらうのではなく
わたしを知ってもらえばいいじゃないか!

わたしを知ってもらうといっても、これは決して服の中身ではない。
枕営業をするということではないw

わたしの人柄を知ってもらったり
働きぶりをみてもらい気に入ってもらうという寸法……。

店長と仲良くなって平積みの夢を叶える作戦だ!


 ハゲ散らかしてはいないけど、ところどころ白髪の目立つ店長は50代前半というところか。
お客さんへ対応はとても丁寧で
他の社員よりは人情味があるようにもみえた。

美佐子の”平積み計画”など、まるで知らない店長に取り入るため
そこでのバイトにさらに精を出す。

社員の人が挨拶してくれなくとも、
教わったことがないのに「アンタそれくらい知らないの?」とバカにされたりため息をつかれながらも……。

 そんなパワハラやマウント全てに耐え忍んだ。

自分の体調がすぐれないときも
頭痛があるときも、ホルモンバランスが悪いときでも、いつも明るく元気にふるまった。

そしてそして
雨が降ろうと、雪が降ろうと、ヤリが降ろうと
(ヤリが降ってきた日は一度もなかったが……)
何があろうが、とにかく遅刻も欠勤もせず、出勤した。
 
そして、隙あらば店長にすりよった。
率先して仕事を手伝い、進んで声をかけた。

笑顔で挨拶はもちろんのこと
わたしは世間話だけでなくオヤジギャグや笑いを提供した。

なんとしても彼をてなずけるのよ!

この目論見にまんまと店長はひっかかってくれた。
 
……しばらくして店長から申し渡されることとなる。
 
「君は明るくていいね。接客に向いてるからお客さんがいちばん多い一階のレジをしばらくやってもらおうか」
 
うわ、やった!一階のレジに行ける!!
心の中でガッツポーズをとる。
いくら忙しくてもかまわない。

だって
わたしの本は一階の恋愛コーナーの棚にあるのだから。

書店の一階はとにかく客の出入りが激しい。
だいたい、売れている本や話題の本、
有名どころの新刊フェアは一階である。

そしてお客さんが気軽に手にとる雑誌のたぐいは入口のコーナーにずら~りと並んでいる。

だから一階の忙しさったらタダモノではない!
 
しかし、コミックや専門書が置かれている二階や三階のレジを任されたのでは自分で自分の本は売れない。

わたしは一階で我が子の行く末をみることができるのだ。

こうして第一関門突破……。
 
そんな矢先、友達らが
いろんな書店に出向いてわたしの本を見つけ出し、
報告やスクショを送ってくれた。
 
「銀座の〇〇堂にあったよ」
「八重洲〇〇書店で見つけたよ!!」
「ここにも置いてあった~」
 
友達というのはありがたい。
わたしの我が子の誕生を自分の事のように喜んでくれて
その子を愛してくれた。
 
しかも友達らは”姑息な手”を使い、さまざまな事をした(笑)
 
電車の中でわざと「逃げられる女」のタイトルが見えるように
“書店の紙のカバーをはずし読んでるフリをした。


(もうすでに何回も読み終わっているのに……ポーズである)
 
またある友達は会社の上司やOL達に大々的に宣伝してくれた。
数冊買いこんで会社の昼休みにさばいてくれた人もいた(笑)

しかも
人に渡す時は「レンタル厳禁!!」とちゃんと言葉も添えてくれた。

お店をやってる自営業の友人は自分の店のレジの横にわざと本を置いてくれた。

SNSにうとい友達がSNSを登録し紹介してくれたりした。
始めたばかりでフォロワーさんが数名であっても
その気持ちに感謝せずにはいられなかった。

また、ある者はわたしの本の置いてない書店に行き
「え~『逃げられる女』ないんですか?読みたいんですよ。入れてくださいよ」とわざと大きな声で言ったらしい。
 
こちらが頼んでないのにもかかわらず、
この子が少しでも人目につくように、見てもらえるように協力してくれたのだった。

たとえ一時しのぎの手段でも、お茶を濁すやり方だとしても
その応援しようという心意気がなによりも嬉しい。

もつべきものは友達だ!
調子の良いときに寄ってくるのは友ではない。
困ったときや難儀の時に救いの手をこうやって差しのべてくれるのだ……。

そんな友達の思いに報いるためにも
わたしは引き続き書店ではりきって仕事をし
ハゲ散らかしていないが白髪の交じる店長に
忖度しまくった。
 
 ……うん、ちょうどいい頃合い。
ある程度、自分という人間を知ってもらえたはずだと
見計らったわたしは意を決する。

機は熟した!
今日は店長がラストまでいる出勤日、
そしてわたしも遅番で最後に書店のレジを閉める日。

これを逃してなるものか。

レジの今日の売上の計算を終え、横にいた店長に
ついにわたしは
ついにわたしは

わたしの身体を差し出した……

もといっっっっっw

わたしの本を差し出した。
 
「店長!実はこれ、わたしが書いた本なんです。
お願いします。置いてもらえませんか?」


と頭を下げる。
 
店長は一瞬固まっていた。
 
が、すぐに

「え!そうなんだ。驚いたなぁ。これ、キミが書いたんだ。へ~~」
と本をパラパラとめくり改めて表紙を眺めていた。
 
そして、快く30冊を注文してくれたのだ!

やったわ、
美佐子、やったわ、やった!


店長とはやってないけど。

これで憧れの平積みが実現した!
夢に見た平積みが目の前に実現したのだ!!


わたしは積まれた本の前で悦びを噛み締めながら涙をこぼした。
 
林真理子さんと群ようこさんの間に申し訳なさそうに挟まれた
”逃げられる女”……。
 
大御所さんに
「あんた邪魔~」
「人の陣地にこないでよっ!」
と言われてるのがわかる。

しかしそのイジメ?に耐えながらも
けなげにそこにいる「逃げられる女」が一層いとおしく感じた。
 
頑張ったね……。
 
ついに名だたる有名著者と同じ場所に置かれたのである!
 
<続く……> 第10話「平積み効果」


この記事が参加している募集

もしよろしければサポートお願いします。m(_ _)m いただいたサポートはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!