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「もがく女の出版ヒストリー」~平積みの夢を叶えるために~第4話

第4話:厳しい現実・前編

「善は急げ、だ!!」

ノリと馬鹿さで
情熱と勢いで
わたしは出来上がった「逃げられる女」の原稿を”茶封筒”に入れて
出版社の門を叩く。

自動ドアだから勝手に開いたけども……。

しかし業界のことを知らないということは
知識を持たないということは無謀だった。

出版社の特質も、出版のことも、取次店や書店との絡みも、
無名の人間が本を出すということがどんなことなのかなんて
素人にはわかっちゃいない。知るはずもない。

受付には一応きれいなお嬢さんが座っていた。

クレヨンしんちゃんなら飛びつきそうだ。
「おねいさ~ん。オラとお茶でもしない?」と彼ならいうだろうw

「すいません。あの、原稿をみていただきたいのですが」
ドキドキしながら名前と用件を伝えた。

きれいなおねいさんの声は意外と冷たかった。
ニコリともせず
「お待ちください」という一言。

しかも、
本当にえらいこと待たされた。

ロビーにはその出版社が出している本がズラリと並べられており
それを手に取ったり、物色した。

あ、新刊の宣伝ポスターが貼ってある。

「もしかしてだけど~もしかしてだけど~♪
そこに美佐子の作品がのるんじゃないの~♪」

と、どぶろっくさんの曲の替え歌が勝手に脳内でリフレインする。

あの新刊のポスターに未来のわたしの作品が……!?
「もしかしてだけど~もしかしてだけど~そういうことだろ」

しかし男性の声でその妄想はストップした。

「神田さんですか?私は出版企画部の鈴木です」

振り向くとカッチリとスーツを着て、カッチリと頭を7:3に固めた
いかにも頭の中身も堅そうで柔軟性のなさそうな30代後半くらいの男性が立っていた。なんというか出版社にお勤めより銀行員のがピッタリのような。

鈴木さんは名刺を差し出し、わたしに着席を促して椅子に座った。
わたしはそそくさとバックから現金の束でなく”原稿の束”を取り出し
鈴木さんに献上した。

そんなうやうやしいわたしの態度とうってかわって彼はいきなり口火を切る。

「神田さん、本を出す、ということは並大抵なことではありません。
 すぐに『本になる』とか簡単に思わないでください」

我が子を差し出したわたしに彼は夢も希望も与えない強い口調でこう言い放った。

「本になるとか思わないでくれ」って、
その台詞はついさっき脳内で流れていた「もしかしてだけど~」の夢を完全否定した。

ついでに、俺はあんたに関わってるほど暇じゃないという彼の思いも現れているようだ。

窓口の出版企画部の鈴木さん、あなた冷たすぎやしないか?

こちらのホームページに
『あなたの夢をお手伝いします』
『あなたの本が書店に並びます』
って書いてありましたけど?嘘やん!……と心の中でツッコミを入れる。

が、鈴木さんは厳しいものいいを続けた。

「一日に送られてくる原稿は200以上、毎週送ってくる人もいます。何度も『この内容のどこがいけないんだ!』と抗議してきたり電話してくる人もいます。素人だけでなくプロの方の原稿もあります。物を書きたい人間というのは山ほどいるんです……」

え?掃いて捨てるほど?

情熱といきおいでここに来たわたしは穴があったら入りたい気分だった。
そんなに物を書きたい人が?物を書いてる人たちがそんなにもこの世にいたなんて、まるで考えたこともなかった。

原稿は月に約6000本?
わたしを含めワケのわからない、どこの馬の骨ともわからない
無名の人間が送ってくる膨大な量の原稿の山をひとつずつキチンと目を通すのは不可能だ。

出版社に原稿を送ったところでその原稿が読まれるとは限らないのである。

「導入部分でもう読みたくなくなるもの」
「何を伝えたいのかわからない」
「言ってることがおかしい」(←おかしいが“面白い”方であればいいけど)
「話のスジが通ってない」
などというものなどもてんこ盛りにあるという。

最後に鈴木さんはこういってわたしを追い返した。

「タイトルとキャッチコピーのインパクトはあるので“とりあえず”お預かりはしますが、くれぐれも期待しないでください」

出版社からの帰り道……。
行きの意気揚々とした足取りとはうってかわり、トボトボと重い足取りでひとり暮らしの寂しいアパートへと向う。

部屋に入り出版社から渡されたベストセラーや新刊の案内のチラシをぶん投げた。

……どうしても書きたかった。
情けない惨めな女。恋をして振り回された女の話。
ちゃんと向き合わずに、何も言わずに突然逃げた男。
自分の意思とは無関係に終わった恋。

わたしの中でくすぶっていた怒り、悲しみ、苦しみ
その思いを文章にぶつけて負の感情を変換したかったのだ。

書き終えたら納得できた。
別れてよかった、彼とは続けなくてよかったんだとしっかり確認できた。
負け惜しみでなく、心から彼は「別れるべき人」だったのだと思えた。
別れたのは本意でなくとも、結果としては正しかったのだ!

だから「逃げられた女」は恋になやめる女性への教訓になるはずだと……。

本として、作品としてそんな女性たちに見てもらいたかった。

男に惚れた女は滑稽だ。

歳を重ねてくれば
「この恋を手離したら次の恋はあるのだろうか?」
とその恋にしがみつきたくなる。

惚れた男の言葉をいつまでも信じようとする。

男の「好きだ」という言葉などなんの効力も持たないのに。

アホや。
真実は口でなく態度にあるのに。
男の愛は言葉ではなく行動にあるのに。

そのことがわかったというのに
また今日、自分のバカさ加減にほとほと呆れる。

出版社に足を運んだわたしは現実を突きつけられた。

勇ましく乗り込んだくせに
「あなたバカですか?現実はそんな甘くないんですよ」
とマウントを取られただけだった。

よく”バカと天才は紙一重”という。
でもそれは才能があるからこそ結果が伴う。

今回は”熱意と馬鹿さは紙一重”
わたしの場合、ただ時間をムダにしてしまった正真正銘のバカだ。

あのイチローさんを引き合いにだすのはおこがましいけれど
野球の天才のイチローさんは自分を「努力の天才」といった。

熱意だけでは天才にはなれない、
熱意だけではホームランは打てないのだ。

ホームランとはいわないけど
せめてヒットを打ちたい(本を出したい)

ヒットを出すには
わたしは努力が足りないのだろうか?

でもでも
この原稿に魂を注いだから
全力で取り組んだから
こんなにも悔しい気持ちになっているのは間違いない。

努力しろってったって
「本を出すにはどう努力すればいいのだろうか?」

先方は原稿を引き取ってはくれたものの、きっと読んでなどくれないのだ。

わたしの夢は儚く散った。

次に続く ↓ 第5話:厳しい現実・後編

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