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「もがく女の出版ヒストリー」平積みの夢を叶えるために~第6話

第6話:「逃げられる女」書籍完成

ネームバリューもない有名人でもなんでもない人間の書いた本など売れない。
実用書やビジネス書ならともかく、どこの馬の骨かもわからない人間の書いた失恋物語など誰が手に取るのかって話だよ。

またしても天国から地獄に突き落とされた。
あの、出版企画部の鈴木っっ(←呼び捨てかよ)どうにかならないんだろうか?

いま40歳前後だと思うけど、恋愛偏差値めちゃ低そう。
なんたって自分の言いたいことだけ言い放って相手の気持ちを想像しようとはしない。

結婚とかぜったい無理っしょ。
コミりょくない男はまずモテないもんね。
一回デートして女性から「次とかあり得ないから~」って見切られる。
あ~ゆ~タイプはLINEですでに失敗してるね。
こっちの都合も聞かず、さきに自分の趣味嗜好や都合だけ押し付けてくるのよ。

ふんっ。わたしには鈴木の女性へのLINEの文面が目に浮かぶわ。

「仕事帰りでも映画観ましょう。月・水・金だったら僕は会いてます。
その中で選んでください」

……って感じ。
だいたい”月・水・金”指定とか
ゴミの日か?

女性とのデートは資源ごみの日でも燃えないごみの日でもないっつーの。

ただあの手のタイプは分別はしっかりしてそうだけど。

ま、ゴミのことはどうでもいいけど
だいたい売れ残ってる男性の多くは女性との会話、意思疎通がうまくできないんだよ。
しかも自分のコミりょくのなさを棚に上げて
「僕は結婚できないんじゃなくて自主的に結婚しないんです」とかドヤ顔で言い切る。

鈴木、あなたは結婚しないんじゃなく、女性に選ばれないのよ。
そこんとこ忘れるんじゃないよ。

選ぶのはいつも俺、みたいな上から目線の顔しやがって~(怒)

わたしは彼から厳しい挑戦状をつきつけられた”はらいせ”に、彼の恋愛ダメンズっぷりを勝手に想像する。

いやいや、
彼のことよりわたしの前にたちはだかる問題は出版の現実だ。

売れるうんぬん以前に、書店側は名もなき著者の本など置きたがらない。

1日に新刊として出版される書籍は200点にも及ぶこともあるという。素人の書いた本の陳列スペースなどどこにあるのかって話。
また“委託制度”があり、書店が陳列せず倉庫(裏)に置きっぱなしにしておいて時間が経過したら返本してしまうこともあるという。

(豆知識:委託制度とは業界用語で出版社や取次に販売を委託された出版物を自由に返品出来る制度)

作品の書き手、著者からしたらなんとも理不尽なルール。
書籍として出版されたとしても売り場にすら置かれないこともあるのだ。あえて出さない。出版社に委託されても書店としては売る気などないってことになる。

つまり“平積み”なんて夢のまた夢……。

あぁ、大人の事情。
世の中そんなもんなのか。

でも、今にはじまったことではない。世の中、矛盾していることや弱い立場の人間にとっての納得できないことは山ほどある。
そう、わたしは子供の頃から大人たちの矛盾をみてきた。

父親は暴君だった。お酒がはいると更に拍車がかかる。怒鳴り散らし、よくわたしを叩いた。幾度となく「なぜ、こんな家にうまれてきたんだろう」と布団の中で泣いたかわからない。
わたしがJK16歳のとき父が経営していた会社が倒産し、借金取りに追われ家をなくした。父は蒸発。

わたしは親戚の家にタライ回しにされることになる。血がつながっていても親戚達が迷惑していることは子供ながらに察知した。

わたしには同級生と同じことができなかった。親からお小遣いもない、自分の家も自分の部屋も自分の机もない。流行りの洋服も買えずお洒落も出来なかった。

親の金で遊んでいる思春期まっただ中の友達たちを、
本当は本当は羨ましく思いながらも
「あんたらガキじゃん」と心の中で馬鹿にすることで自分を奮い立たせてた。

このさきの将来の夢が芽生えてもいいはずの女子高生なのに、
わたしには反骨精神が芽生えた。

早く社会人になりたい、早く自分で稼ぎたい。
早く自分の居場所をみつけたい。堂々と暮らしたい。
わたしは親戚の厄介者。
”血は水よりも濃し”はウソだ。
「世間から冷たい人間だとおもわれたくない。アンタは仕方なくおいてやってるだけ」
体裁を気にするだけの親戚のオジサンとオバサンの心中はよみとれた。

「世の中って不公平だ」
自分のせいでないのに人から煙たがられることもある。
自分の犯した罪でもないのに間接的に被害をうけることもある。
親が責任を放棄したことで子供が被害をうけることもある。

育った環境や経済事情、家族の状況によって人生の選択肢が狭くなる。選択の幅がなくなる。

自分の夢が犠牲になることや自分のしたいことがたたれることもある。

そんな理不尽さを味わい、悔しさと怒りの中で成長してきた。

バイトを掛け持ちしながら高校を卒業し、寮が完備されている会社に入って田舎にひっこんだ母と弟に仕送りをしてた20代……。

アラフォーになって
「文章を通じて人に元気や勇気を与えることができたら」と抱いたこの夢を
諦めるなんて悔しすぎる。

ネームバリューがなきゃ本を出せないない、本を置かないなんておかしいじゃないか。作品内容でなく著者名だなんておかしいじゃないか。
筆力でなく権力や地位のほうが大事なんておかしいじゃないか。
本当のクリエーター、真の創作家はインフルエンサーじゃないはずだ。

いま厳しい現実を突きつけられたからって引き下がるわけにはいかない。

戦わずして逃げたくない。
納得できないからこそ挑むのだ!
ここで諦めたらなにもしなかったのと同じだ!

わたしはその出版業界の現実、大人の事情を受け止めながら「出版契約書」を結んだ。
印税率はとんでもなく安かったけどそんなこともうどうでも良かった。

印税がほしくてこの失恋物語をを書いたのではないのだから……。

出版に向けてのスケジュールはことなく進んだ。

わたしには編集担当者がついた。(鈴木さんじゃなかったことには安堵した)
編集担当との打ち合わせ→原稿整理・入稿→初校ゲラ刷り→校正・校正者・編集者による校正。

→著者校正→カバーデザイン・帯、打ち合わせ→再校ゲラの訂正後印刷所に入稿→印刷・製本→書籍完成。

作品のカバーデザインをみせられた時、頬は高揚し瞳孔がひらいた。
胸の高まりはエベレスト級!そう、好きな男性と初めての夜を過ごすことなんかよりも……。

カバーデザインは二つのパターン。
ピンクの表紙に黒の文字で「逃げられる女」とタイトルが書かれたものと
黒がベースの表紙で「逃げられる女」というタイトルが六色の文字で書かれた表紙だった。

興奮しているわたしに
「神田さんの気に入った方をお選び下さい!◯日までお返事は待ちますよ」と担当者の声が耳に入った。

いやいや期限などいわれなくともすでに心は決まってますよ。わたしは迷わず子供の時からの大好きな桃色(ピンク)の表紙のほうを選んだ。

そして次に表紙下の帯。
(※“帯”とは本の表紙の下に巻かれているもの。本のカバーの上から巻く紙のこと。その本のサブタイトルやキャッチコピーが書かれている部分。本の魅力を最大限アピールするためにある。帯のキャッチコピーに惹かれ、本を手に取る人もいるため宣伝効果が期待される。
さらに豆知識:この帯は日本独自のもの。海外の本には、基本的に帯は付かない)

帯には
「なぜだろう。好きになるほど男は逃げていく。大人の女だってみっともない恋をする!」という文言。
さらに「大人の女性の一途な恋とその結末を、涙と笑いで描く等身大の恋愛小説」などと書かれていた。

わ、いいじゃない、いいじゃない!

こうして原稿を持ち込んで約半年弱で本が完成する。
出来立てほやほやの本が一冊、わたしのもとへ出版社から送られてきた。

この世に”きちんとした形で”わたしの作品が誕生したのね。

喜びの涙で目をにじませながら
その愛しい我が子を見つめ、そして胸に抱きしめた……。

さてその我が子は行末はいかに!

<続く…> 次をお楽しみに

第7話:著者の禁止事項
第8話:書店の事情
第9話:夢の平積み



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