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桃太郎殺人事件!?

作品紹介:昔話風ミステリ。4000字弱でサクッと読めます。老人が子供たちに桃太郎の話をしているところから物語が始まります。

<本編>

「わかるかい?桃太郎を殺そうとしたのは誰だったのか?」
 老人は愛嬌のある顔を綻ばせながら、物騒な言葉を呟いた。身につけた上等な身なりが更にその言葉を不自然な響きにしていた。
「おじいさん、どういうこと?桃太郎死んじゃったの?」
 幼年の男の子が無邪気に老人をせっつく。
「今までの話を聞いていたのかよ。しょうがないなお前は」
 その少年の兄らしき青年が呆れている。
「構わない、もう一度話そう」
 老人は年に似合わないガッシリとした体躯を椅子に預け、男の子を膝の上に軽々と持ち上げ話し始めた。

 数十年前の遠い昔、あるところに桃太郎という青年がおったそうな。青年は生立ちに難があったが、生まれつきの聡明さと恵まれた体格を持ち、育ての親である祖父母の後ろ盾を得てすくすくと成長した。
ある日、村の襲撃を繰り返していた不良鬼達を退治するべく村を飛び出し、道中の森の中で兎を追いかけ回していた犬を手懐け、猿山の大将となっていた猿を持っていた吉備団子で懐柔し、猪に襲われているところを助けた雉が桃太郎自身に心酔し着いてきて、鬼退治一団を結成。鬼達の住処である鬼ヶ島を強襲、不良鬼達を殲滅した。
 その鬼ヶ島からの帰り道のこと。
 桃太郎一向は鬼が蓄えた金銀財宝を押し車に乗せ、家路に向かう途中、茶店で休息を取った。その茶店には育ての親である老婆も迎えに来ていた。
 犬は地面に置かれた皿の餌をがっついて食べ、猿は日光浴しながら毛づくろい、雉は桃太郎に寄り添い疲れた体を休めていた。
 老婆は、周囲にいる唯一の客である武士の迷惑を顧みず、桃太郎の向かいの席で大声で祝福しており、その眼にはうっすら涙も見えた。店の奥から若い女性店員が団子と湯呑みを持ってゆっくりと桃太郎達に近づいてきた。
そこで事件は起きた。
 団子を食べた桃太郎が突如苦しみだしたのだ。血を吐き、地面に倒れる桃太郎。騒然とする店内。女達の悲鳴。犬の吠える声。まさに修羅場となった。
 偶々、茶店に居合わせた武士が桃太郎を店内奥へ運び、現場を調査した所、結果的に団子には問題は無かった。地面に転がった団子を茶店の飼い猫が食べても特に異常が見られなかったのである。
 そこで、武士は団子と一緒に出ていた湯呑みに入った茶の匂いを嗅ぐと僅かではあったが、異臭を感じた。おそらく毒物が湯呑みに入れられていたのであろう。
「とりあえず、全員集まれ。下手人はこの中におるはずだ」
 武士は桃太郎一向に加え、茶店唯一の店員の女性のユキ、桃太郎の祖母である老婆を店内の一席に集め、事件の状況を整理し始めた。

「これだけの内容だけでは推理なんかできないぜ」
 青年は不満顔で老人に食って掛かかった。
「そうじゃな。細かな話は都度答えよう」
「まず、毒は確実に湯呑みに入っていたのか?」
「うむ。間違いなく湯飲みに入っておった」
「じゃあ誰かが明確に殺意を持って殺そうとしたんだな?」
「そうじゃ。つまり自殺しようとしたのではないし、病気で倒れたわけでもない」
「とりあえず怪しいのは店員のユキと老婆、そして武士の三人だな」
 青年は考えながら、頭を掻いた。
「動機としては、偶然目に入った金銀財宝を奪おうと思ってもおかしくないユキと武士が怪しいように思える」
「それなら、店員のユキさんが怪しいよ。湯呑みを持ってきたのもユキさんだし。そうだ、実はユキさんは鬼ヶ島出身の鬼だったんだよ。復讐で毒を入れたんだ」
「さすがに鬼だったら団子と茶を持ってきた時に気づくだろ…。鬼退治の帰りだぞ」
「確かに、ユキさんが鬼だったとかいう事実は無かった。ユキさんというのはとても愛嬌のあるどこにでもいそうな普通の人間のオナゴじゃった」
 老人はすかさず相槌を入れた。
「それにいくらなんでも自分の持ってきた湯呑みに毒入れたらすぐバレてしまうよ。やるなら別の方法取ると思うぜ」
「じゃあ、武士かな。捜査するふうに装って証拠も隠せるし、湯呑みに入ってるのを確認したのも武士だけでしょ」
「まあな。でも、武士は偶々居合わせただけなのに毒を持っているのもおかしな話だよな」
「そうだよね…。それに武士は普通、刀持ってるよね。斬っちゃえば簡単なのに毒を入れたってことになるよね」
「一応、少数で鬼達を殲滅した桃太郎一向だからまともにやったら勝てないと思ったのかもしれないけど…。桃太郎は恵まれた体をしていたみたいだし。でもまあ、ちょっとユキさんと武士は事前に桃太郎が茶店に来ることを知らなかったから不自然なのは間違いないな。事前に毒を準備して、なおかつそれで毒殺するってことは茶店に寄ることが前提だから」
「ふーん、じゃあお婆さんが殺したんじゃない?桃太郎の財産を奪おうとして」
少年はあどけない顔で指摘する。
「いや、確かにそれも考えたんだけど、桃太郎殺してしまったら、また鬼が来て財産全部取り返されるかもしれないぜ。だいたい育てた桃太郎を毒殺してまで財産奪うかな。ちょっと違和感あるよな」
 二人の議論は堂々巡りを繰り返していた。
「雉さんが、殺したんじゃない?」
 少年は屈託のない表情で笑いかける。
「犬は噛み付けるし、匂いも嗅ぐことができるでしょう?猿だって身軽で戦えるし、ひっかくことができるじゃない。でも雉さんはなんで仲間にしたのかわからないよ。飛べたとしても全然戦力にならないじゃない」
「なんだ、そりゃ。確かに戦力にはならないかもしれないけどよ」
「僕が鬼とケンカするならもっと大きい動物を連れて行くもん。だから、雉さんは活躍できなくて桃太郎を恨んでいたんだよ、きっと」
自信満々の少年に対して呆れ顔の青年はため息をつく。その様子を老人は楽しそうに眺めている。
「あのな、どうやって雉が毒を湯呑みに入れるんだよ」
「嘴があるよ。犬とか猿だと手が大きくて湯呑みに入らないかもしれないけど、嘴なら簡単に入るし」
「動物の雉がなんで桃太郎を毒殺するんだよ。もっと現実的な話をしろよ」
 少年はムッとして言い返す。
「現実的って、そもそも犬猿雉を連れて鬼退治の方がよっぽどおかしいよ」
「子供のくせに妙に正論をついてくるな。もういい、黙っておけ。俺が考える」
「これこれ、喧嘩はよくないよ。それに検討もせずになんでも否定はよくないと儂は思うぞ」
「そもそも、おかしいんだよな。こんな短い簡単な話で答えなんか分かるわけないし、犯人なんか特定できるわけない」
 そこで、青年は何かに気づき、にやりと笑った。
「なんとなく、わかったよ」
「ほう、教えてくれないか」
 青年は具体的な証拠は無い、と前置きをした上で話し始める。
「この話は一体何なんだろうって思ったんだ。この話を爺さんが話していること自体妙なんだよ。だいたい、爺さんが答えを知っていることもおかしい。毒が確実に湯飲みに入っていたと何故わかるんだ?これは昔話ではなく、現実の爺さんの思い出話ではないのか?そう考えると一つ妙なことがある」
 老人は表情を変えず、にこやかに青年の話を聞いている。
「茶店に迎えに来たのが何故老婆だけだったのか。おかしいだろう、鬼退治をした桃太郎は英雄だ。その凱旋だぜ?普通だったら両名来てそうなものだろう。本当は祖父である爺さん、つまりアンタも現場にいたんじゃないのか?現場にいたからこそ、事件の細かい話ができ、答えを知ることができた。例えば湯呑みに毒が入っていたこともそうだし、ユキさんの外見にしたってそうさ。現場にいないとわからないことばかりだよ」
「なるほど、続けて」
「何故、それを隠していたのか。それはもう一つしか考えられない。桃太郎の祖父…爺さん、つまりあんたが犯人だったから、だ」
 老人は無言で近くにあった湯呑みを持ち、ゆっくりとすすり始めた。
「どうだい?違うのかい」
「いや、素晴らしい。君達の結論は本当に優秀だった。楽しい時間を過ごせたよ。ありがとう。君たちもそれくらい頭がいいと将来楽しみだな。そろそろ日が暮れてきた。ご両親のもとに帰ったほうが良い」
「なんだよ、それ。正解じゃないのかい」
 二人は不満そうな顔をしながらも、これ以上話をするつもりのなさそうな老人の元から離れると、仲良く連れ立って夕日の中に消えていった。

「あまりにも不公平な問題だったな」
 茶の湯をすすりながら、老人は先程のやり取りを思い返す。嘘は一言も言っていないが、必要な事実も全て伝えたわけではなかった。
 答えなど出ないこの話を子供相手に何度繰り返したであろう。子供の発想力とは永久に面白いものだと感心させられる。
 青年が指摘した桃太郎の祖父は私だったという説は楽しめた。最初に述べたように数十年前の遠い昔の話というのは本当だから、当時爺さんだった祖父はすでに死んでいる。つまり、祖父=私というのは成り立たない。実際の所は桃太郎が鬼退治に出かけてすぐ後に祖父は亡くなっていた。だから茶店にはこなかった。しかし、この話が私の体験談であると見抜いたのは大したものだった。それにも増して少年の雉が犯人だという説を聞いたときには心底驚いた。
理由はともかく犯人を当てられたのは初めてだったからだ。
 しかし、雉が私の婚約者だった女性の名であることまでは想像できなかったようだ。
 雉は財宝と名声を手に入れた桃太郎が心離れを起こすことを恐れ、嫉妬のあまり衝動的に近くの野草から採取した毒を湯呑みに入れたのだ。そんなことあるわけもないのに。
「さて、婆さんのもとに帰るか。また毒殺されそうになってはかなわんからな」
当時、桃太郎だった老人は静かに湯呑みを飲み干した。


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