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#03 初代グランプリから10年、インドネシアが生んだ国際的クリエイター集団

✔️チャンスは平等「プロジェクションマッピング国際大会」
✔️インドネシアでしか生まれない創作のエッセンスを紐解く
✔️真の意味で「社会にインパクトを与える」アートとは

カラーズクリエーションによるインタビュー企画「CREATOR's INTERVIEW」。

第3弾を迎える今回、石多未知行と対談するのは、
2022年で10回目を迎える、世界最大級のプロジェクションマッピング国際大会「1minute Projection Mapping Competition」の初代グランプリであり、今やインドネシアの映像シーンを牽引する存在となった「Sembilan Matahari(スンビラン・マタハリ」(以下S/M)。

その創始者で代表の「Adi Panuntun(アディ・パヌントゥン)」氏だ。

プロジェクションマッピングの国際コンペティションは現在さまざまな国で実施されているが、中でも日本で行われる「1minute Projection Mapping Competition(以下1minutePM)」は10年以上の歴史を誇り、国際的に見ても歴史ある世界最大級の大会である。

今回はその1minutePMをはじめとする国際大会をきっかけに、世界へ活躍の場を広げていった彼らの歴史・思考を引き出していく対談となった。

─インドネシアのクリエイター集団「Sembilan Matahari(スンビラン・マタハリ)」とは

スンビラン・マタハリ(インドネシア)
2007年設立。インドネシア・西ジャワ州の州都バンドンを拠点とするクリエイティブスタジオ。
チームにはアニメーター、VFXアーティスト、建築家、プログラマー、科学者、エンジニア、ミュージシャン、サウンドデザイナー、イラストレーター、グラフィックおよびUIデザイナー、作家、アートディレクター、映画製作者などが所属し、多くの分野をカバーしている。

─私たちの活動は、日常を超えていくために、人々の心を刺激し、挑戦し、勇気づけることを目的としています。(公式サイトより)

今回はS/Mの代表であるAdi Panuntun氏との対談の中、他のディレクター2人も途中参加してくれた。

石多:今日は対談に協力してくれてありがとう。

Adi:こちらこそ声をかけてくれてありがとう。
カラーズクリエーションに参加させてもらって感謝しているし、こうやって国際的な繋がりができているのは本当に嬉しい。

石多:今、S/Mのメンバーは何人いるの?

Adi:今、メンバーは50人。
パンデミックでかなり大変な時もあったけれど辞めたのは1人だけで、プロジェクトは継続して手掛けることができてます。最近は新しく没入型のインスタレーションといった分野にも乗り出しているところです。

S/MからAdi,Agus,Adriの3人が参加してくれた

─15年間、成長を続けてきたチームの「強み」とは

石多:まず、S/Mについて教えてほしい。どんなチーム?

Adi:「Sembilan Matahari(スンビラン マタハリ)」はインドネシア語で「9つの太陽」という意味なんだけど、 昔好きだった中国のカンフー漫画があって、出てくる武術の名前がまさに「Sembilan Matahari」で、そのイメージが強いな(笑)

でも「太陽のエネルギー」もしっかりS/Mのコンセプトになっていて、メンバーにはインスピレーション、エネルギー、明るさを与える太陽のような存在を目指してほしい。

石多:もともとS/Mはどんな活動や制作からスタートしたの?

Adi: S/Mを創設したのは2007年だったけど、当時は映画やアニメーションなどのオーディオビジュアルを作るチームとして活動していた。

イギリス留学中にプロジェクションマッピングという表現に出会って、初めてプロジェクションマッピングを作ったのが2010年のことだった。今までにないアート表現ができると思ったし、新しいビジネスにつながると思って猛勉強したよ。

石多:S/Mは、15年の歴史があるんだね。
Adi:そう、15年でスタッフも50人に増えて、素晴らしい才能が集まってくれているよ。

石多:そんなSMの「強み」は何だと思う?

Adi:非常に多くのバックグラウンドを持つ人々が参加していることだね。バックグラウンドが異なるだけでなく、多種多様な民族が混在している。
様々な個性を1つにまとめ上げて、良い作品にしていくっていうのが毎回のチャレンジになってくる。

石多:AgusとAdri(同席していたスタッフ)にも聞きたいのだけど、アディはどんな人物?

Agus & Adri:兄弟のようで、いつもインスピレーションをもらっている。
アディは常に新しいムーブメントを作っていけるから、僕らはその一端を担いたいと考えている。
うちのチーム全員にとっての灯台みたいな存在で、みんなからもとても慕われていて、まさにモンキー・D・ルフィ的なリーダーかな。

石多:流石だね、アディはますますインドネシアで重要なポジションの人になりそうだね。

─躍進のきっかけとなった「マッピングコンペティション」

石多:Adiと初めて会ったのは、2012年5月に行った、ジュネーブ(スイス)でのMAPPING FESTIVALだったけど、いまでもよく覚えてるよ。
初めて行ったマッピングイベントで、狭い会場のエントランスで挨拶したね。

Adi:僕にとってもマッピングフェスティバルはあの時が初めてだった。その時、Michi(石多)が逗子のフェスティバルに誘ってくれたね。

石多:そう、その時に、逗子でやっているメディアアートのフェスティバルと、そこで国際大会をやろうとしてる話をしたらSMとして参加してくれて、見事に第1回のグランプリを受賞することになった。
あれはとてもいい作品だったよ。


逗子メディアアートフェスティバル(2014年はMEDI-ARTz ZUSHI)とは
2011年から2014年まで神奈川県の逗子市で開催されていた、映像やメディアアートの祭典。
石多未知行が代表理事を務めるプロジェクションマッピング協会が企画し、いまや世界的な祭典となった「1minute Projection Mapping Competition」は、このイベントの軸として始まった国際大会である。

石多:この大会のために日本に来たときは10人くらいの大人数でびっくりした。もう10年以上も前のことだけど、あの時はメンバーみんなオフィスで雑魚寝してたよね、憶えてる?

Adi:絶対忘れないよ、非常に刺激を受けた。最近はコロナでなかなか日本に行く機会が持てないけれど、また行きたいと思っている。

石多:S/Mが日本で1minutePMの優勝者になって、その後Circle of Light(モスクワで開催される巨大なプロジェクションマッピング国際大会)でも優勝したんだよね。

Adi:そう、2014年のCircle of Lightで、なんとグランプリを受賞してしまった。

石多:そうやって、世界的にも名の知れたチームになっていったんだね。

Adi:多くの人は、インドネシアでプロジェクションマッピングをやっているアーティストがいるなんて、そもそも思ってなかった。
そういう意味で、逗子とモスクワは大きなターニングポイントになったね。アジア人、特にインドネシア人として賞を取れたことを非常に誇りに思った。

FLIGHTGRAFや、AVA ANIMATION & VISUAL ARTS(共にカラーズ所属クリエイター)に初めて会ったのはモスクワの大会だし、こうしたコンペティションに参加して、様々なクリエイター同士の繋がりを作れたことが今につながっている。

だから1minutePMが現在でも継続して開催してくれていることが嬉しいし、さらに着々と進化を続けているのがすごいと思うよ。

─コンペを通し、世代を超えて繋がるクリエイター

石多:1minutePMは2012年にスタートして、今年の大会は10回目の節目になるんだけど、この10年のインドネシアのプロジェクションマッピングシーンについて、Adiはどう見ている?

Adi:インドネシアでは精力的な若いクリエイターがどんどん出てきて、それぞれが自分たちのスタジオを作ったりしてる。そこにとても可能性を感じるし、彼らにもマッピングコンペ等にどんどん参加して、成長してほしいね。

日本の1minutePMに刺激を受けてインドネシアでもプロジェクションマッピングのコンペ企画を開催したり、日本で10年以上コンペを続けてくれていることがインドネシアのクリエイター達にも風を起こしているんだ。

石多:昨年東京で開催した大会のグランプリ「THE FOX,THE FOLKS」がやはりインドネシアのチームで、その中心のFadjarはS/M出身だったね。

多くのインドネシア人クリエイターが各地で育っている様子を見ていると、S/Mの影響を強く感じるし、Adi達は間違いなくインドネシアのマッピングシーンのキーパーソンになっているね。

1minutePMは10周年を迎えるけど、今後は海外での開催も視野に入れている。
インドネシアで1minutePMをやるのもアリだと思う。

Adi:真剣に一緒にできるといいよね。ぜひ考えてみよう!

─歴史と革新が同居する多民族国家 インドネシア

石多:インドネシアの人々の国民性や考え方、性格について教えてくれる?

Adi:インドネシア人は、とても自発的と言えるね。
クリエイティブの根源は国の伝統文化に基づいている感覚があって、S/Mもそうだけど、皆やっぱりインドネシアという国の文化や歴史に影響を受けている。

その一方で先進的な可能性、技術革新にも非常にオープンで、何でも吸収する学習意欲があり、エネルギーにあふれている。

石多:他の国との違いはなんだと思う?

S/M:他と比べて「多彩な色を取り入れる」ことを好むと思う。
様々な建築スタイル、景色、言語、料理など、そういった違いがクリエイティブに影響を与え、非常にカラフルなアートに溢れている。

音楽においても、何千種類とある伝統楽器がインドネシア独特の要素を作っている。モスクワの国際大会で我々が作ったプロジェクションマッピングも、インドネシアの伝統楽器を作品に取り入れていたんだ。

石多:いろんな要素をミックスすることに肯定的なんだね。

S/M:それぞれの文化を吸収し組み合わせることには慣れている。
例えばヨーロッパでは少し移動すると言葉が異なる別の国に着くけど、インドネシアではそういうことが一つの国の中で起こるイメージかな。

たくさんの島が集まってできている国だから、多くの文化、言語、民族が混ざっていて、土地の広さ以上に「大きな国」っていう感じがする。

─アートの枠を超え、社会を巻き込むムーブメントを

石多:最後にS/Mの未来について聞きたい。将来どういう方向に進んでいきたいと思ってる?

S/M:未来に向けての特別なゴールを設けてはいないけど、どうしたらプロジェクトに関わる人々を良い方向に導いていけるか、ということを常に考えている。
ゴールを目指すというよりも、一つの案件ごとにそのミッションを果たせるように心がけているよ。

例えば、夜の森を光のアートで彩る「HUTAN MENYALA」というナイトウォークをやっているけど、それは環境保全に重点を置いたものとして作っている。

HUTAN MENYALAのチケットを購入すると、自動的に2本の木を植えることになるような仕組みにしていて、たくさんの木を植えることが自治体とコミュニティをサポートする。

バンドンの自然保護区で開催した「HUTAN MENYALA」*SM公式サイトより

他にも、西ジャバで制作したイルミネーションは国民に植林を促すためのもので、タナロット寺院(バリ島の観光名所)のマッピングも、火山の噴火で観光客の落ち込みがあったバリを活性化するのが目的だった。

S/Mが関わる大きなプロジェクトは常に社会的なムーブメントを意識しているんだ。
どのような将来像、ゴールを描くかということよりも、目の前の過程や発見、社会に与えるインパクトを大切に考えている。

それに最近、Bandung Creative City Forumという団体の一員になった。
これからの僕たちの役割は、単に人々を魅了するアートワークを作るのだけではなく、クリエイター・観客・社会に向けてポジティブな効果を生み出して、人々が明るい気持ちになれる環境を作っていくこと。
ゆくゆくはバンドンだけでなくインドネシア全土のクリエイティブをサポートしていけるように頑張っていきたい。
非常に重い役割だけど、楽しんでやっていくよ。

石多:今日は長い間ありがとう。久しぶりに話せて楽しかった。

S/M:近い将来、インドネシアに招待するね。

石多:ぜひ!楽しみにしてます!

─インタビューを終えて

10年以上前に右も左もわからず訪問したジュネーブのMAPPING FESTIVALで、Adiは同じアジア人として、明るく声をかけてくれた。
そして当時ヨーロッパで広がりつつあったプロジェクションマッピングを、アジアでも盛り上げていきたいねと意気投合したのが全ての始まりでした。

そこから日本での国際コンペに参加してくれ、一緒に仕事やプロジェクトを重ね、10年以上にわたって変わらない大切な友人、クリエイター仲間になってくれている。

東南アジア、またはインドネシア人独特なのか、常にとてもポジティブで、笑顔以外の彼らの表情を見たことがないと言っても過言ではない。
この何事にもポジティブで挑戦的なスタンスというのは、今日本が失いかけているマインドなのかも知れない。同時に、我々こそもっとポジティブに挑戦する感覚を取り戻さねばならないのではないかと思った。

中国もしかりだが、変化や失敗を恐れずに突き進むことができるパワーは、勝るもののない創造の原動力であり、それをグローバルな感覚で持っている人こそこれから世界をリードしていく立場になっていくのだろう。
自分自身もそうした感覚でいようと考えてはいるものの、日々の業務に追われ、ついつい鈍い動きになりがちである。しかし彼らと話をしていると、また初心に戻ることができ、前を向き直せるように感じる。

これまで日本は旅行やビジネスにおいて、東南アジアの国々の物価の安さ、人件費の安さにアプローチしてきた。だが今やそれは逆転しつつあり、日本は物価も人件費も安い国になってきたのは隠し用のない事実になっている。
では、そんなポジティブで献身的な彼らと日本はどう関わり、また時にどう勝負していくのか?

日本人がついつい言ってしまう「普通」という概念に縛られず、表面的な過去のプライドは捨て、状況を素直に受け入れ、そして本質を見極めようとする姿勢が重要ではないだろうか。
そこに今後の日本産業やクリエイティブが成長する答えがあるように思う。

石多未知行

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