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優しい時間

10
日常にありふれたどうしようもない葛藤の話
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#短編小説

君と群青。

君と群青。

君を追いかけていた。群青の空を眺めている、近くて遠い君を。

夜の歩道橋、遠くには煌びやかな街のネオン。そっと手を伸ばしても、この手は届かない。手すりから身を乗り出して、道ゆく車をただ眺めていた。

知る限りでは君は甘党で、苦いコーヒーも缶ビールも好きじゃない。飲んでいるのは決まって糖分の塊の炭酸飲料か、アルコールといえば缶酎ハイ。
一緒に出かけたある日、適当に通りかかったカフェで甘いケーキと甘い

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嘘つき side A

「ウソツキって鳥、知ってる?木を長いくちばしでつついて食べ物を取るの」

「それはキツツキでしょ」

「違うんだって、ウソツキ。そういう鳥なんだよ」

何を言ってるんだと、今日も俺は呆れ顔をする。向かいに座ってる男は飄々とした態度で、面白くないダジャレにしては自信ありげな表情だ。
こいつは小学校からの幼馴染だ。明るいポーカーフェイスで、冗談や嘘が上手い。このくだらない話だって、彼が言うもんだから本

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箱庭

箱庭

人生は箱庭である。この街も、学校の教室も、スマートフォンの中でさえも。

人は常に何かに囚われながら生きている。まるで堅牢な壁に囲まれた世界。

そんな自由のない息苦しさに耐えきれなくなって、仕事を辞めた。もうあの意地悪上司に悪態をつかれることもなければ、意味のない残業に苦しむこともない。

毎日朝早く起きなくてもよくなって、暇と思える時間が増えた。

植物を育ててみる。毎朝、適度な水をやる。

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きこえる。後編

ああ、猫の声がうるさい。

ふと気がつくと、部屋に夕暮れの光が差し込んでいた。そうか、私は仕事を休んで1日こうしていたのか。机の上のコンビニ弁当は、昨夜のままで手付かずだ。
時間を確かめようとして、携帯を手に取る。
無断欠勤をしたのだから、上司から着信が来ているであろうと思ったが、そんなことはなかった。
着信はありませんの文字を見て、ついに私は今世の中からはじき出されたと悟る。
携帯が手から落ちて

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きこえる。 前編

猫の声が聞こえる。
どこがで私を呼んでいるように、小さな猫の声が。

灰色の空は、このごみごみとした都会を表しているようだ。私はそんな小さな、けれども大きなビルが立ち並ぶ世界に住んでいる。12月の寒い空気に晒されながら、人々は忙しそうに行き交う。スクランブル交差点、駅前のロータリー、不思議なモニュメントがあるそこは見慣れた景色で、私は今日もその人々の中の1人だ。

こんな灰色の街を、不思議と寂しく

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夜風

夜風

夜風がふいている。

わたしは電車に乗る。

季節はクリスマスも終わり、きっと仕事納めをして一杯飲んできたであろう人でごった返した最終電車。

いつものようにスマートフォンをいじる。

ふと開いたSNS、たくさんのアカウントを持つわたしは巡回に忙しい。

何の気なしに、元彼のアカウントを開く。きっといつものようにくだらないことが書かれているだろう。

そんな風に思ったことを後悔した。トップに上がっ

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煙草の火

帰り道、私はふと煙草を取り出す。

暦の上ではもうすぐ春一番が吹く、けれどもまだまだ外は冬の装いだ。

煙草に火をつける。使い古したジッポライター。そういえばこれは昔好きだった人からもらったものだったな、センチメンタルな気持ちになってみる。

冬はいい、煙草がうまい。風に乗せて煙が流れていく。冷たい空気と煙が混ざっていつもとは違う匂いがする。

春がやってくる。私の一番好きで一番嫌いな季節。

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