こうりん

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  • オースティン、テキサス──留年生の出稼ぎ日記

    留年、円安、アイデンティティ、自国における民主政治の崩壊、漠とした将来への不安、そして未知への欲動…… さまざまな外的圧力に押し潰されるようにして、文学徒が「外」へ出る!

最近の記事

オースティン、テキサス──留年生の出稼ぎ日記〈サンタ・ムエルテ編〉

征服者の都市  メキシコシティにはとにかく数多くの文化が混合していて、それが一種のカオスを作り出している。──アステカ時代から続く先住民の、それを征服(コンキスタ)したスペイン人による植民時代の、そしてその二つの文化が融合した、混血(メスティーソ)による現代の文化。  例えば首相官邸のある中央広場、ソカロに目を向けてみる。現在のそれを、アステカ時代のソカロを3Dモデルで再現した(https://tenochtitlan.thomaskole.nl)画像と見比べてみると、とて

    • オースティン、テキサス──留年生の出稼ぎ日記〈ヌードデッサン編〉

      身体の解放区  アニメフリークのジャコビーに誘われて訪れたデッサン教室は、オースティンの空港近く、ピンク色の外壁に覆われた巨大な倉庫のようなところにあり、中に入ると木製の細長い手作り椅子やイーゼルなどが、そしてそれらに囲まれた中心部にモデル用の土台がある。  早めに着いたおれは、紀伊國屋オースティン店で購入したスケッチブックと鉛筆を広げつつ、正面で準備をするモデルの横顔を悠揚にスケッチし始める。倉庫の中には扇風機が一つしかなく、常に最高気温が四十度を超えるオースティンの熱気

      • オースティン、テキサス──留年生の出稼ぎ日記〈タスコ編〉

        崖の上のタスコ  テキサスはアメリカ・メキシコ国境間に位置しており、ロスエンジェルスのようなアメリカ主要都市へ渡るよりも、むしろ南下してメキシコに入国してしまうほうが安く済む。せっかく車も購入したのだし、ドライヴで国境越えという日本では経験できないことをしてみたい、と思ってはいたものの、国境付近に屯するギャングを理由に周りから軒並み反対され、渋々飛行機で向かうことになった。  飛行機を降りてからはバスに乗る、メキシコ・シティは山々に囲まれた谷間の都市であり、そこから抜け出そ

        • オースティン、テキサス──留年生の出稼ぎ日記〈海外おたく編〉

          Yakisoba falling out of his pockets  同僚でアニメフリークのジャコビーは、同じアルバイト先でサーバーをする傍ら、ロゴデザインや一枚絵を請け負うイラストレーターとしても活動している。彼と話していると、やれあの映画は面白いだとか、あのイラストはここがスゴイだの、馴染みのある「おたく的」会話にたいてい発展するので、大学の漫研で同人誌を作るなどしている私からすれば、それは安寧のひとときとなっていた。  そんな彼が、サンアントニオからオタク友達が来

        オースティン、テキサス──留年生の出稼ぎ日記〈サンタ・ムエルテ編〉

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        • オースティン、テキサス──留年生の出稼ぎ日記
          9本

        記事

          オースティン、テキサス──留年生の出稼ぎ日記〈ザリガニ編〉

          ¥€$!円安バンザイ 「……このままだと、新しく仕事を探さないといけないな」サーバーの一人、アニメフリークのジャコビーが、閑散とした店内を見てそう呟いた。職場の同僚については散々書いておきながら、アルバイト内容について語らないのも野暮というものだろう(ちょっくら茶化しに来るには、あまりにも遠い距離なのだ)、私が働いているのはケイジャン料理、すなわちルイジアナ発祥の料理を扱うレストランで、一番人気の料理はザリガニである。ザリガニ。アルバイト先ではないものの、下町のケイジャン料

          オースティン、テキサス──留年生の出稼ぎ日記〈ザリガニ編〉

          オースティン、テキサス──留年生の出稼ぎ日記〈大谷翔平編〉

          サイクル手前の打率八割 「オースティン、テキサス」と銘打ってはいるが、今度ばかりは「ヒューストン、テキサス」だ、ヒューストンにはメジャーの野球場があって、そこには史上最高の日本人選手どころか、史上最高の野球選手になろうとしている、あの大谷翔平が来るのだから……  アルコホール中毒の祖母が酔っ払ったタイミングで彼女のクレカを借り、メジャーリーグのサブスクに加入、以来退勤後にエンゼルス戦を観ることが日課になっていたおれとしては、このアストロズ戦を逃すわけにはいかなかった。車で

          オースティン、テキサス──留年生の出稼ぎ日記〈大谷翔平編〉

          オースティン、テキサス──留年生の出稼ぎ日記〈同僚編〉

          勝気のシェルビー・言語学のマリーナ  私の研修を担当してくれたのは、シェルビーとマリーナだった。初日を担当してくれたシェルビーは、例えばロッカーの場所を説明するときに「You can put your shit inside there」と言うなど、とにかく下品な言葉を乱用したが、同時に責任感のある勝気な女性で、不意に見せる笑顔が眩しく、私は彼女を気に入っていた。彼女は研修翌日に日本語プリントの服を着ていたが、あれはぜったいに私を意識してのことだったので、声をかけるべきだっ

          オースティン、テキサス──留年生の出稼ぎ日記〈同僚編〉

          オースティン、テキサス──留年生の出稼ぎ日記〈日常編〉

          キープ・ライト!  数ある渡米体験記と同じく、おれにとっても最初の難関は右側通行であった。車社会のテキサスで働くとあっては流石に一台は必須であり、半年滞在するならば中古車を買って帰りぎわに売った方がむしろ安い、そのためおれは燃費の悪い起亜車を購入した。  さて右側通行。道路に出ようとウィンカーを出す、しかし動いたのはワイパーだった、ハンドル横の操作も反転している、いよいよ道路へ、しばらく走っていて速度制限がやたらと厳しいことに戸惑っていた、しかし高速道路の速度制限が「60」

          オースティン、テキサス──留年生の出稼ぎ日記〈日常編〉

          オースティン、テキサス──留年生の出稼ぎ日記 〈留年編〉

          もうイッカイ、遊べるドン!  専任軍曹ハートマンからは「そこで取れるのは種牛とオカマだ」と罵られ、トラヴィスが放浪し、ケネディの前頭が撃ち抜かれた地、テキサス。その地への旅券を私が予約したのは、ある出来事から一週間後、大急ぎでのことだった。  留年である。それは長野で初のスノボに興じていたときだった、三月十日の正午、リフト内で恐る恐る大学のホームページを開く、「原級」の二文字が視界を捉えた、滑り落ちていたのは雪上だけではなかったというわけだ。落としていたのは後期の必修科目、

          オースティン、テキサス──留年生の出稼ぎ日記 〈留年編〉

          西部戦線異状なし? ある文学部生の欧州巡遊記──鴎外先生、こんにちは編

          YOU CAN (NOT) SPEAK──DU SPRICHST (K)EIN DEUTSCH  かつて森鴎外が医学徒として三年に渡るドイツ留学を経験したことは、彼のドイツ三部作──舞姫、うたかたの記、文づかひ──の膾炙も相まって、読者諸氏も承知の通りだろう。彼は留学の様子を『独逸日記』に著しているが、そこには一ヶ月半の航海を経てようやくドイツへ辿り着いた鴎外が、馴染みのドイツ語を耳にして安堵する、という一場面がある。  私とて大学入学時からドイツ語を勉強してきた身ゆえ、か

          西部戦線異状なし? ある文学部生の欧州巡遊記──鴎外先生、こんにちは編

          西部戦線異状なし? ある文学部生の欧州巡遊記──究極の映画体験編

          ドイツにおける日本アニメ市場の現状 フリードリヒスハイン=ケロイツベルク区。旧西ベルリン、それもアメリカ占領下にあったケロイツベルク区と、旧東ベルリンに位置するフリードリヒスハイン区が合併して出来た、にぎやかな地区である。  特に私の住む(と言っても、一ヶ月近くの短い滞在ではあるのだが)フリードリヒスハインは若者が多く、クリエイティヴな地区として勇名を馳せているそうだ。とはいえ現実に生活してみると、クリエイティヴとはよく言葉を選んだもので、街路には吐瀉物が落ちているわ、どこに

          西部戦線異状なし? ある文学部生の欧州巡遊記──究極の映画体験編

          『さようならCP』・あるいはあえて対立を強調することでその破壊を試みる男、原一男について

          原一男との邂逅  原一男との出会いは、今日から一ヶ月ほどまえの早稲田松竹においてであった。スクリーンに映し出された『ゆきゆきて、神軍(以下、神軍)』は、僕に原一男作品の網羅を決意させるには十分な刺激を伴っていた。そしてようやく観れたわけである、原一男の商業処女作たる『さようならCP』を。  早稲田松竹における『神軍』の上映中、僕は強い不満を抱いていた。客席で笑い声が聞こえるのだ。しかも上映後のホールでは「変な人だったねえ」という言葉さえ聞こえる。スクリーンの男を「変な人」と

          『さようならCP』・あるいはあえて対立を強調することでその破壊を試みる男、原一男について

          五月に読んだもの

          『女のいない男たち』──村上春樹(文春文庫)  傑作映画『ドライブ・マイ・カー』の原作ということで、久しぶりに村上作品を読む。映画は短編集の各作品を繋げて色付けしているようで、例えば『シェエラザード』を音の語る脚本として丸々引用したうえで、防犯カメラ・「わたしが ころした」を新たに付け足すことにより、高槻というキャラクターをより重層にしている。また、映画内で『ワーニャ伯父さん』から引用された各台詞も村上版に厚みを与えていて、相互に作品を洗練させている印象を受けた。ただ、とて

          五月に読んだもの

          ストリップ劇場体験記・〈性なるもの〉と〈ヌミノーゼ〉

          入場  午後六時。大学の講義が終わると、爛れた欲望に身を包んだ男子大学生三人が、有り余る肉欲の気を外部に吐き出しながら街頭を歩き出した。その一人が僕だった。「実は女性の乳房をはじめて見るんだよ」「母親は?」「記憶にないから」……。  僕らは大学近くでレンタサイクルを借り、劇場近くまで数キロ漕いだ。会話はない。誰もが己の欲望を制御するのに必死で、そこにうわべの会話を貼り付ける余裕はなかった。煌びやかなビル群を抜け、渋谷とは思えぬ貧相な路地裏で自転車を返却する。そこから劇場まで

          ストリップ劇場体験記・〈性なるもの〉と〈ヌミノーゼ〉

          三月に読んだもの

          『渡邉恒雄 メディアと権力』──魚住昭(講談社文庫)  読売新聞に勤めていた祖父が極度のナベツネ嫌いだったことや、私自身が哲学科在籍中のジャイアンツファンであることなど、多くの接点があって強い関心を持っていた。  前にドキュメンタリーで渡邊が戦争責任を論じたとき、その矛先が天皇へと向かうことはなかったが、本書では天皇制打倒を掲げる共産党員ナベツネの様子が詳しく書かれている。その渡邊が保守政権と強い癒着を持ってマスコミ界の天皇に君臨したというのは、なるほど強烈なものがある。日

          三月に読んだもの

          小松イズム継承者・庵野秀明の『シン・ゴジラ』論──あるいは、小松左京が口をつぐんだ東日本大震災について

          はじめに  東日本大震災は、非常に小松左京的な事件であった。小松左京と言えば、原子力と総力戦の二大テーマが主軸にあるが、東日本大震災はそのどちらともを包含していたからである。原子力に関しては言わずもがな、地震による福島第一原子力発電所の事故が、いまなお被曝という形で日本に暗い影を落とし、この事故が日本のエネルギー問題を再燃させる結果となったからである。総力戦──すなわち個々人の当事者意識に関して言えば、小松左京が阪神・淡路大震災を受けて残した『大震災’95』をもとに考えてみ

          小松イズム継承者・庵野秀明の『シン・ゴジラ』論──あるいは、小松左京が口をつぐんだ東日本大震災について