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きらきらとうつうつと、めらめらと
西加奈子さん『サラバ!』を読み終えた。わたしは読書記録のなかでできるだけネタバレをしないように心がけているが、これくらいは言ってもいいだろう。
この本は、一人の少年が成長していく過程を描いた、強烈な、そしてせつなくもまぶしい記録だ。なんと充実感のある作品だったことか、とまだぼんやりしている。
物語の中盤でわたしがいちばん心奪われたのは、主人公である歩くんが中学に入った頃の描写たちだ。学校生活がいきいきと描かれ、彼は悩みを抱えながらも輝いていた。
「ネタ」の核心に限りなく近づいていきそうなので、作品に言及するのはこの箇所だけにする。
わたしはこのくだりを読んで「思春期に共学生活を送りたかった」とつくづく思った。物語のなかに広がる、おそらく共学特有の空気は、女子校育ちのわたしにはとても輝かしく映ったのだ。ああ、いいなあ、やっぱり共学ってこんな感じなんだなあ。
わたしが小学校から高校まで過ごした母校は、小中高、短大と女子校で、かろうじて幼稚園だけが共学だった。敷地内にいる人の9割が女性だったのではないだろうか。
男きょうだいもいないわたしは、まあいびつな思春期を過ごした気がする。まわりには先生と父しか男性がいないわけで、もちろん恋する相手もいない。盛大な中二病にかかっていたから、初恋の人は文芸評論家の小林秀雄だと言ってもいい。
かつてこんな記事も書いていた。
とにかく、変な感じの思春期だった。おまけに靴下は白、それも三つ折りでなければいけないとか、スカート丈は絶対に膝下5センチだとか、今思うと意味不明な規則でがんじがらめにされていた。
当時は「いつかこんな規則だらけの学校を出て、自由を謳歌してやるんだ!」と、ひそかな心の火をめらめらと燃やしていた。
おかげで、大学に進んだら自由を謳歌しすぎた。全然勉強しない学生になってしまい、今頃になって後悔している。大学4年間を取り戻したいと思うこともあるくらいだ。
でも、わたしはわたしなりに、あの牢屋のような(と揶揄する人が少なからずいた)学校生活を必死で生き抜いた。自分のなすべきことを見つめながら、なんとか毎日やっていた。
『サラバ!』の歩少年ほどのドラマはないけれど、わたしにもきらきらしたりうつうつしたりで忙しい日々があった。アラフォーになってみるとあの時期が愛おしく、輝いて見える。
だから、今いろいろな思いを抱えて生きている若い方には心からエールを送りたいなあ、と思う。若いときの戦いも悩みも喜びも、すべては大人になったらかけがえのない宝物だ。
「祝・出所!」
高校を卒業するとき、文集にそう書いてくれた先生がいたことを思い出す。先生もこの学校を牢屋みたいだと思っていたのね、と、にやりと笑った春のことを。
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