空白を埋めていく音
えいやっ、とフルートを買った。初心者向けモデルとして人気の高いYAMAHAのYFL-312。フルートのなかでは安い部類に入るけれど、最近の私にとっては高い買い物だ。購入には、清水の舞台プラスアルファの高さから飛び降りるくらいの勇気が要った。
フルートは本体を三分割できる。その分割されたパーツは、口元にあてるものから順に頭部管・主管(胴部管)・足部管と呼ばれる。くちびるをのせる穴が開いているのが頭部管、キーがたくさん並んでいるのが主管(胴部管)、小さなしっぽ部分が足部管だ。
練習用として、この頭部管が銀製のものを探していた。銀の分量によって吹奏感が変わるのがフルートの面白いところ。価格と鳴らしやすさのバランスがいいと感じた頭部管銀製モデルが、先述のYAMAHAだった。同じ価格帯のものでは、パールフルートのドルチェが面白い吹き心地で、かなり惹かれた。
学生時代、フルートはずっとそばにあった。8歳からの15年間、飽きっぽい私が続けられた唯一のお稽古事だ。大学卒業とともにレッスンに通うのをやめてしまったけれど、以降も気が向くと吹いていた。
それでも、育児に必死なうちは、フルートに触れようという気持ちの余裕がなかった。娘たちがピアノのレッスンを受けるようになり、やっとフルートのことを思い出した。
フルートに触りたい。吹きたい。そう思ってケースから取り出したかつての愛器は、ずいぶん古びてしまっていた。フルートケースを開けたのだって、2年ぶり。タンポ(キー裏のパット)は劣化し、キーの動きもなめらかとは言えない。
楽器店に持ち込み、メンテナンス費用を見積もってもらうと、かなり高額になった。正直、かつての愛器とはいえ、そこまでの費用をかけてメンテナンスする価値があるとは言えない機種だ。これは思い出の楽器として置いておき、ひとまず練習用のフルートを買うことに決めた。今の私の技量を考えると、入門モデルでじゅうぶんだ。
新しく私の手もとにやってきたフルートにくちびるをつけると、スムーズに音が出せた。ブランクがあるからと心配していたほどひどい音ではなく、楽器の特性もあって高音、低音ともによく鳴る。しばらくフォーフォーと吹いて楽しんだ。
この音色が、私のなかの空白を埋めていくのだと思った。双子を産んで以来、楽器どころではなかった5年間。とくに娘たちが3歳になるまでは、自分のやりたいことはいつもあと回しだった。その前だって、仕事に追われてフルートはほったらかしにすることが多かった。それはそれで幸せな日々だったけれど、自分で音色を組み立てる喜びには飢えていた。
今、ぼちぼちと自主練習をしている。音は鳴らせても、指運びがたどたどしい。昔のように軽やかなトリル(ふたつの音を交互に奏でる装飾音)ができるようになるのはいつのことだろう。
自分の運指や息の入れ方にイライラしてしまうこともある。けれど、それもまた楽しい。自分の「やりたい」に率直に向き合うことが充実感をもたらすのだと、改めて感じた。
フルートの先生も探している。いい先生にめぐり会えると、学びが深まり、楽器はより楽しいものになる。
知りたい、やりたい、学びたい。そんな気持ちにこたえながら進み、少しずつ空白を埋めていきたい。
■フルートと私の関わりについての過去記事
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