そっち側にまわった日
よく行くセルフサービスカフェに、新しいスタッフの方が入った。雇用形態はよく知らないが、新人さんである。若い女性で、とにかく初々しい。接客業がはじめて、または働くことがはじめてなのかもしれない。
このあいだも、彼女が先輩にあれこれ指示されながら、いろいろとやっているのを横目に見ていた。ぱたぱたと店内を駆ける足音が、本を読むわたしの耳に軽やかに届く。
「自動ドアを止めてからガラスを拭いたほうがいいんじゃないかな? 止めよう」
「お釣りを渡すときはこうしてね」
「これは~~で、~~で……(聞き取れないが耳に入ってくる指示のあれこれ)」
先輩スタッフさんは、とても優しい。こういうのを手取り足取りというのだろうか。新人の彼女は少しあわてながら「はい!」と自動ドアを固定した。これでガラスが拭きやすくなった。
わたしも少しだけ接客業のアルバイトをしていた時期がある。大学生のとき、塾講師をしながら日本料理店でも働いていた。制服は着物。二部式の小紋ではあったものの、着付けのできる人がほしいとのことでわたしが採用された。当時のわたしは着付けを習い終えたばかりだった。
そこではお皿の並べ方について厳しく指導された。お料理は食べる人が見たときに美しく映るよう盛り付けられている。「皿の向きはこれで!」とよく言われた。間違えてはいけないと思うと、いつも緊張した。
あわあわと不細工な手つきで料理を並べるわたしに、お客さんが声をかけてくれた。
「だいじょうぶ、ゆっくりね。慣れたらなんでもだいじょうぶだよ」
それは、仕事をしながら涙ぐみそうになったはじめての経験だった。あたたかな声音が心にすっと入ってきて、わたしはなんだかすごく安心した。
20年近く前の日本料理店を懐かしく思いだしていた。セルフサービスカフェで気づくと、高齢の女性が二人、わたしと同じ目つきで新人さんを見つめていた。瞳には、わたしよりずっとあたたかな光が浮かんでいる。
みんな、新人さんの慣れない様子を見守っているのだ。
わたしもようやく「そっち側」にまわれたのかな、と思う。奮闘する誰かをこっそり応援する側に。あわてふためきながら不慣れな作業と向き合う時期をきっと誰もが乗り越えてきた。新人さん、がんばってね。
まあ、わたしの場合、今もときどき新人さん側にまわるのだけど、たまにはあたたかく見守る側につける日もあるらしい。年を取るのもなかなかいいと思えた午後だった。
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