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真の「エセ関西人」

私は幼稚園児・小学1年生の時、大阪に住んでいたことがある。それまでは東京にいたが、転勤で大阪に計2年半ほどいた。

この2年半は、短いような気がするが、自分の言語形成にとって、とても重要な期間だった。

この2年半でいわゆる「関西弁」にもまれた。

よく覚えてないが、ほぼ「関西弁」Nativeになっただろう。

そこから、紆余曲折あり、東京に戻った。関西弁は徐々に抜けていった。

しかしながら、ところどころに関西弁が出る。とくに相槌や、語尾に時々顕れる。

これについて、弁明させていただきたいと思うのである。(友人には誰にもこのnoteを教えてないので、意味ないんだけどね...)

まず、この関西弁はほぼ無意識に出ているのである。自分の言語形成の段階で染みついた関西弁がまだ、自分の言語野に残っているのだ。

しかし、これを「演出」や「自己プロデュース」の一環として取られると困る。

「自分は関西弁をしゃべるおもろいキャラ」

みたいに思われるのはごめんなのである。

つまり、「モテ」としてのエセ関西弁「モテ」のエセ関西人と思われたくないのである。

東京に大分長く住んでおり、大阪時代の記憶もおぼろげになっているなか、私は関西人ではない。エセ関西人である。しかし、言語野に残っている関西弁は抜けない。しかも、これは「天然」であり、非「演出」である。これは、「エセ関西人」としての本来の姿と言えるかもしれない。

これを私は真の「エセ関西人」と呼びたい。

(2020.09.04.02:20)

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