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【ショートストーリー】二度目の月

夜の11時過ぎ、仕事帰りに何度も乗り継いだ電車を降りる。

駅の蛍光灯によって形作られた輪郭の淡い影が、まるで粘着力を持っているかのように僕の足を重くする。あるいは、靴が異様に重量を持ったのだろうか。

いくつもの足音が僕を追い抜いていく。何人もの声が近くなってはまた遠ざかっていく。

改札を出ると、自動販売機で缶コーヒーを買った。ボタンを押すと、自動販売機の取り出し口に缶コーヒーの缶が音を立てて落ちてくる。僕はその音が、なぜか好きだった。ゴトリ、とも違う、ガチャンでもない、液体を内蔵した金属の重みがアルミの板に跳ね返るその半分重く、半分軽いような音が、なぜか僕の心を安定させてくれる気がするのだ。
僕は、熱くて甘いコーヒーを飲む。毎晩ここで、砂糖とミルクがたっぷり入ったコーヒーをゆっくりと味わいながら飲むのだ。
飲むと、ぼやけた脳に何かが染み渡ってくる感覚がある。

駅の定期券売場はもうとっくにしまってしまっている。売場の前で、中学生くらいの男女が数人、たむろしてしゃべっている。
見ると、淡い明かりの元で、彼らの儚い影がまるで消え入りそうになりながらも、まるで幾何学も模様を描くように揺れ動いている。

手のひらにつかんだ缶コーヒーが熱かった。
これから帰って風呂に入り、寝床に入り、その数時間後の夜明け前にはまた出かけなくてはならないのだ。
時間をかけて――次第に缶から温度が失われていくのを感じながら――僕はコーヒーを飲み干した。
上を向いて、コーヒーの香りが残る息を吐き出した。

空を見上げると、今朝の夜明け前、駅に向かう途中に見た月が、今もまだ同じように宙に浮かんでいた。
「よう、また会ったな」
僕は月に向かってそうつぶやいた。



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