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短編小説「放っておいてくれないか」2/2

 前回の続きです。
 
 最後にリンクを貼っていますので、前回の内容から読んでいただければうれしいです!

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 昼食後、優二は2階の自分の部屋に入り込んだ。部屋の北側には、作りかけの軍艦のプラモデルが置いてあった。これが、優二の趣味のひとつだった。休みの日には、大好きな軍艦や戦闘機のプラモデルを組み立てるのだ。出来上がった作品を友人たちと見せ合って、自分の作品を自慢するのが楽しみなのだ。しかし、最近はめっきりプラモデルに割く時間が少なくなっていたのである。精密な部品を組み立てるのには、とても大きな集中力が必要で、心が乱れているときにはいい作品が作れないし、思いのほか体力も消耗してしまうものなのだ。
 彼は、作りかけのプラモデルを手にとり、それを振り上げ、部屋の壁に思いっきり投げつけるふりをしてみたが、もちろんそうすることなどできはしなかった。
 彼は机につき、今週ずっと帰りが遅くてつけることのできなかった、一週間分の日記を書き始めた。
 日記の内容は、そのほとんどが仕事に関することになった。自分の一生のほとんどは、仕事で占められてしまっているのを一週間分の日記をつけながらあらためて思い知らされた。自分のしたいことをやるために仕事を始めたはずなのに、長い年数を務めたという理由だけで管理職になるにつれて、自分のしたいことではなく、それ以外の些末なことばかりに神経を削られるようになってきていたのだ。万年筆を握る指が、自分の思考から独立した器官になって、まるで自動書記のように紙の上にインクを流しだしていく。
 いつからか、自分は生への執着心が希薄になっているような気がする、とその指は書いた。そして、最近は、生よりも死の方に親近感がわいてしまう、とも。
 しかし、階下から妻と娘が笑う声が聞こえてきて、もし今日が人生最後の日だったとして、それがこんなにクサクサした気分の日であったなら最悪だな、と顔をゆがめて笑った。


 窓の外は次第に暗くなり始めた。
 日記をつけた後は、これまでに作りあげた戦艦や戦闘機を眺めながら時間をやり過ごしていた。
 沖に流され、いくらもがいても浜辺に近づけない、そのような焦りと苛立ちがないまぜになった気持であった。しかし、ひとりで過ごすうちにだんだんと波が穏やかになっていくのが感じられた。
 優二は酒を飲みに下に降りていこうと思った。今夜は酒を少し飲んで、できれば少しだけでも戦艦を作ろう、と思った。
 しかし、階段を下りていくうちに、どういうわけか、再び何か重たいものが胸にまとわりつくような感じがした。キッチンで美咲が鍋で夕食を煮ながら、野菜を切っているのを見ると、再び胸が騒ぎ始めた。
 「相談があるんだけどさ・・・」
 美咲は優二に声をかけた。
 「え、何?」
 緊張して優二は答えた。
 「あのさ、今、通信教育で心理学やってるんだけど、もう一つやりたいな、って思って。どうだろう? 占星術なんだけど、今だったら割引で安く申し込みできるらしいんだ。どう思う?」
 下の部屋では、娘がまたユーチューブを見ていて、誰も見ていないのにテレビがついていた。
 「どっちでもいいんじゃないか? どうせ、もうやるって決めてるんだろう。君の好きにやればいいじゃないか?」
 「心理学が終わってからでもいいかと思うし、でも安いから今の方がいいかとも思うし」
 「君のお金のことなんだから、俺は知らないよ。自分で考えればいいんじゃないか?」
 ユーチューブの声とテレビの声が再び気に障りだした。床には、教科書やテキストが散乱している。
 「でも、勉強させてもらっているという想いがあるからさ」
 美咲は言った。
 「やりたいことなんだったらやったらいい。俺はそれについて文句言うつもりはないからさ」
 それだけ言うと、彼はコンロ下から酒と缶詰を出してきて飲み始めた。
 なんとなく中途半端な気まずさだけが部屋の中に浮遊していた。
 優二は、見たくもないテレビを眺めながら、酒を飲んだ。夕食が並んだあとも酒を飲み続けた。ひとたび飲み始めると、もう止めることはできなかった。
 体が異様にだるい。アルコールによって頭がしびれ始めているのを感じる。何もかもが弛緩し、やる気がうせてしまっている。
 次第に時間の感覚も薄れていき、得体のしれない焦燥感と無力感が彼の心を支配した。


 読んでいただき、ありがとうございました。


 下記リンクは、前回の投稿『「放っておいてくれないか」1/2』です。





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