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嵐の夜に、思い出の味

 こないだのこと、台風が近畿地方を直撃するというその夜、久しぶりに父母の住む実家へと向かった。

 実家は職場に近くて、歩いて30分ほどの距離にあり、いつもの通勤に使う電車は止まる可能性が高いということもあり、その夜は実家に泊まることにしたのだった。

 母に泊まりに行くことを電話で伝えると、二つ返事でOKをもらえた。
 父も母も高齢で仕事もしていないため、たいていは急にいっても問題がないのである。

 しかし、

 「台風やから買い物行ってへんし、来ても何もないで」

 とのこと。

 ぼくは職場を19時頃に出た。空は紫色の雲に覆われていたが、そして暑さと湿気も大したものだったが、まだもう少し雨が降り始めるには時間がありそうだったのでぼくは、歩いて実家に向かい、途中のコンビニでビールと唐揚げや餃子などの冷凍食品を買い込んだ。

 
 家は一見、昔と何も変わってないようだけれど、実際にはエアコンが大きいサイズになっていたり、洗面台が変わっていたりと、色々と変わっていることがあり、しばらく帰ってきていなかったことを改めて実感してしまう。
 そこには決して埋めることのない時の流れがしっかりと質量を持って横たわっているようだった。

 シャワーを浴び、冷凍食品を温め、ビールを開けると、母が

 「味噌汁だけ作ったぁるけど食べるか?」

と言うので、遠慮なくもらうことにした。
 

 唐揚げを食べ、ビールを一口飲んでから、味噌汁を飲む。
 玉ねぎとじゃがいもの味噌汁だ。何の変哲もない味噌汁だったのだが、一口すすったとたんぼくは思った。

 「ああ、お母さんの味噌汁だわ」

 と。

 母の味噌汁、それはとても懐かしくて、温かい味わいがした。

 家のことを思い出すときには、たいてい何かしら食事の記憶が同時に思い浮かぶのだ。

 そういえば母は毎日、仕事から帰ってきてはぼくたち姉弟のためにいつもおいしい晩ご飯を作ってくれていた。

 母は乾物屋をしていて、その周りにも色んなお店があったので、仕事をしながら近くの店でいろんな食材を買って帰ってくる。

 かしわ屋さんから鶏ガラをもらってだしをよく作っていたし、ぼくもかつお節を削るのをよく手伝ったりしていたものだ。

 そして、いつもそこには味噌汁がついていたのだ。

 味噌汁というものは、どうしてこうも美味しいんだろう。
 どうしてこうもほっとするんだろう。

 味噌汁を発明した人は天才だ。

 ぼくはよくそう思う。

 とてもシンプルなのに、アレンジは無数であり、決して飽きることがない。

 大根、ワカメ、豆腐の味噌汁、しじみやあさり、玉ねぎにしめじ。そうそう、にゅうめんも好きだなぁ。

 母の味噌汁は、決して特別ではなく、ごくありきたりのものだ。
でも、やっぱりそれは、紛れもなく

「お母さんの味噌汁」

に他ならないのだ。

 何がどう違うのか分からないけれど、その味は色んな記憶をくすぐってくる。

 母と話すのはどこか億劫なのだけれど、彼女がこっちの部屋にやってきたときにぼくは照れながら言ったのだ。

 「久しぶりに飲んだらやっぱりお母さんの味がしたわ」

 だいぶ勇気を絞って言ったつもりだ。なんだか言っておかなくてはならないような気がしたのだ。

 なのに、母の反応は思いのほか薄くて拍子抜けしてしまった。

「そうかぁ? ありあわせのもん突っ込んだだけやけどなぁ」

 ぼくの思いを知ってか知らずか、彼女はそうさらりと言って、首をふりながらまた台所の方へ歩いて行った。

 ぼくはもう一口、味噌汁をすすった。

 それはやはり懐かしいお母さんの味だった。

 そして、忘れられない心のふるさとの味であった。




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