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冬のお風呂の入り方

 さてと、風呂にでも入ろうかな、と脱衣所に立ち、服を半分脱いだあたりで気づいたのは、今夜はとてつもなく冷えているということだった。
 肌が露出したところめがけて、冷気が吸い付くように忍び寄ってくるのだ。

 
 外はもっと寒いだろう。
 私は何となく、昼間散歩したときに目にした公園のメタセコイヤの大木を思った。冬将軍に葉をもがれたむき出しのメタセコイヤ。空に向けて指先を懸命に伸ばさんとしているような細い枝先が、一晩かけてゆっくりと凍りついていく様を想像した。

 しかしそんな想像も、脱衣所の寒さに一瞬で吹き飛んでしまったのだけれど、とにかくびっくりするくらい寒いので、私はつかの間の暖を求めんとエアコンの入ったリビングにつま先立ちで戻り、こたつでぬくぬくとくつろいでいる妻に言った。

 「今日めっちゃ寒いで」と。

 すると妻は、面白そうに目を見開いて言った。

 「あんな、寒くならへんお風呂の入り方教えたろか」

 「はあ」

 「服着たまま入んねん」

 彼女は得意げに言ったけど、ちょっと理解できない。

 どういうことだろうか、それは?

 私は昔の西洋人がラクダのシャツのような下着をつけたまま、バスタブで体を洗っている姿を思い浮かべた。

 私が呆けたような顔をしていたのだろう。彼女はその入り方を諭すように説明しはじめた。

 「服の下をまず脱ぐやろ。上はシャツ着たまま入ってな、まず洗い場で下を洗うねん。ほんでお湯に浸かりながらシャツを脱いだらええねん」

 
 なかなか斬新な入り方だな、と私は思った。しかし納得しかけたけども、本能の部分ではどうも受け入れ難かったので、

 「そやけど服濡れるやん」

 と言い返してみると、

 「いや、濡れへんで。なんでって湯船に浸かりながら徐々にシャツ上げて脱いでいくから濡れへんねん。分かる。こうやって・・」

 彼女はこたつに入りながら、シャツを頭から脱ぐ格好をした。

 「一回やってみ」と。

 なるほどな。それは私にはない発想である。
 そして、彼女がそんな入り方をしていたのを知って驚きでもあった。

 ほおう・・・と半分服を脱いだ姿で顎をさすっていたら、

 「私これから髪染めるから、はよ入ってきて」

 と彼女。

 彼女に追い立てられるようにして私は暗くて寒い廊下に出た。
 でも心は少し暖かくなっていたかもしれない。彼女がそうやってお風呂に入る様子を思うと、何だかちょっと笑えてきたのだ。

 長年一緒に暮らしていても、知らないことはまだまだあるものだなぁ。

 そのような驚きと感心と、そしておかしみを覚える一幕であった。

 明日もまた寒くなりそうだ。

 


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