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白い凧

 午前中はグチというか文句というかそんなものを延々と聞かされる羽目になってしまった。車に乗る前から予感はしていたのだけれど、バッチリ当たってしまったというわけだ。
 ま、そのような役回りなのだから仕方がないけれども、曇りがちの冬空と同じように、そんな話を聞いているとぼくの心もどんよりと重たくなってしまう。
 こんな時、できた人間ならどのような対応をするんやろうな、と想いながら、できないぼくなどはあいまいな笑顔をつくりながら、心の中で深いため息をつくしかない。

 昼ご飯を食べたあと、ちょっと事務連絡にとひとりで外に出かける。外に出れば、細かい雪が舞っているが、先ほどのどんよりとした雲はどこかに行き、青空がのぞいているところもある。
 しかしそれにしても寒い。ちょうど記録的寒波が日本列島に襲いかかってきているらしい。
 寒いというよりも、冷たい。空気がまるで氷のようだ。
 息を吸うと、鼻の奥がツーンとするような感覚。ぼくは思わず思いっきり鼻から息を吸い込んだ。なんだか懐かしい気がする。昔の冬の寒さってこんなんやったんちゃうか? どうしてかわからないけれど、ふと楽しくなった。
 
 これでこそ冬だ!

 そういえば何年か前にも同じような気持ちになって(その時も確か気分がめいっているときだったよな)、何かしらツイッターにつぶやいたんだったなぁ。
 と、そんなことを思い出しながら歩いていると、道を挟んだ向こう側に小学校のグラウンドが見えてきた。
 子どもたちが、自分たちで工作した凧を上げながら、キャアキャアとグラウンドをひしめき合いながら走り回っている。その叫び声は強い風に巻きこまれながら天に向って舞い上がっているかのよう。
 だが反面、凧はまるで上がっておらず、走り回る子どもたちの数メートル上をクルクルしているだけだった。

 どんだけ低いねん!

 ぼくは優しく突っ込んだ。

 刺すような冷たい風が強く吹いている。この寒さ、冷たさが記憶の箱をこじ開けるのだろうか、子どもの頃の冬の記憶が忽然と蘇ってくる。

 人は記憶で生きているような気がした。記憶の積み重ねが今の自分であるかのように思えた。

 見上げると、ただひとつ真っ白な凧が、青い空に向かって高く上がっていく。5階建ての校舎をこえ、風に乗りぐんぐんと舞い上がっていく。まるで子どもたちの希望を一身に乗せたかのように。
 

 その日の帰り道、しばらくやんでいた雪が再びふり始めた。今度は牡丹の花のような大粒の雪だ。
 今夜は積もるかもしれないな、ぼくは思った。そして思わず微笑んだ。
 やっぱり冬はこうでなくちゃな。




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