ぼくのエメラルド
これは、今から約10年前の、息子が小学2年生の時の作文だ。
夏休みに、街の小さなコンクールに友達と参加して書いたもの。
コンクール名は、「家族のことを書こう」だった。
息子はクワガタの「エメラルド」を、家族として作文に書いた。
私は少し、エメラルドが羨ましかった。
夏休み、私は、当時中学生だった難病の二女に付きっきりだった。
二女は外出することが難しい身体。
娘を預けるところも現在ほどは充実していなかった。
だから、息子はお友達の家族に混じって一緒に遊びに連れて行ってもらったり、祖父母や叔母家族と出かけたり。
親の出番は、ほとんどなかった。
息子を当たり前のように連れ出してくれたママ友や私の妹には、今でも心から感謝をしている。
「なぜエメラルドのことを書いたの?」と、作文を持ち帰ってきた息子に聞いたのだが、「ほかに書くことがなかったから」、と小2の息子はサラッと応えていた。
「エメラルドが好きだから」とは言わなかった。
彼は家族のことを書けなかったんだなぁ、と思った。
そんな息子の気持ちを知り、心にチクリとした痛みを感じながら、この作文を読んだ思い出がある。
*****
息子の大好きなクワガタのエメラルドは、突然、我が家にやってきた。
当時、二女の通う特別支援学校に、クワガタ好きのマッチョな先生がいた。
先生はクワガタのブリーダーで、毎年たくさんクワガタを増やして、欲しいと希望する学校の先生や生徒たちにプレゼントしてくださっていた。
二女は学校の送迎が必要な娘だったので、いつものように、少し早めに学校まで二女を迎えに行った。
たまたま職員室の前を通りかかった私に、マッチョ先生が声をかけてくださった。
「ゆうちゃん(ゆうは二女の名前です)のお母さん、ゆうちゃんの弟くんって、クワガタ好き?あげよっか?」
もちろん、息子は大の虫好き。
カブトムシはもちろん、セミでも、トンボでも、ダンゴムシだって大好きだ。
クワガタを見せたら、飛び上がって喜ぶだろう。
私はぜひぜひ!と、先生にお願いした。
「今なら一番乗りだから、この中で1番大きなヤツを選ぶね!」
と、先生は一番大きなクワガタを選んで、コンビニのおでんを入れるくらいのサイズの容器にすばやくNo.1のクワガタ君を入れて、蓋をした。
手渡された容器の中で、ガサガサと彼は暴れている。
容器ごと、動き出しそうな勢いだ。
すごい力持ちだと、クワガタには無縁だった私でもすぐにわかった。
蓋には小さな穴がいくつか空けられていたので、彼が出てこないように、先生はしっかり蓋と入れ物をセロテープでくっつけてくださった。
私は、そっと彼を車の後部座席に乗せた。
助手席には、いつものように寝転んだ姿勢で二女を乗せる。そして、帰り道、普段よりもゆっくりと車を走らせた。
学校から帰ってきた、当時小学1年生の息子に、NO.1君の入った容器を「ジャジャーン」みたいに、もったいぶって見せた。
息子は、キラキラの瞳で容器をそっと開けた。
大きなクワガタを見て、目をまんまるにして「やったー!でっかい!かっこいいー!」と歓喜の声をあげた。
が、急に寂しそうに顔が曇る。
「こいつ、足が一本ないよ。」
ほんとだ、折れた足が容器の中で転がっている。
容器から出ようと必死になって、強すぎる力で自分の足を折ってしまったようだ。
しょんぼりする息子。
「ごめんね、お母さんの運び方が悪かったのかもしれないわ。」
と謝ると、
「お母さんのせいとちがうよ!コイツ、かっこいいから、いいやんな。ボンドでくっつけるわけにいかんしさ。病院も行けやんしさ。こいつの名前、ぼくが考えてあげるわ。」
と、すぐに切り替えて、息子は、前の年のカブトムシの住まいを庭の倉庫から出してきた。
早速クワガタの住まいを整え、彼を広い場所へ移してあげた。力強く動き回るクワガタを、ずっと息子は「かっこいい、すごい!」と言いながら、笑顔で見つめていた。 おやつも宿題も忘れて。
「決めたわ、こいつ、エメラルドって名前にする!」
何でなのかは不明。多分、最高にいいものを連想したら、それが思いついたのだろう。
折れた足は、息子と2人で庭の隅っこに埋めた。
折れた足のお墓だとわかるように、息子はその上に石ころを置いた。
「痛かったやろな、エメラルド。」
息子が、ポツリと言った。
あの時、足をゴミ箱に捨てなくてよかったな、と今でも思う。そして、ゴミ箱にポイってしない息子でよかった。
手を合わせ、2人で足にお祈りした。
そうして、エメラルドはわが家の家族になった。
息子の作文に書いてあるように、2度目の冬眠をする前に、エメラルドのお嫁さん探しをすることになった。
メスのクワガタ、それは案外あっさりと、見つかった。
お隣のパパさんが、クワガタ好きのブリーダーだったのだ。
それで、メスを一匹わけてくださることになり、無事に嫁入りとなった。
奥さんの名前は「オパール」
これも息子が命名した。
なんで、ダイヤモンドやサファイアにしなかったのかと思ったが、彼女は小さくて、ちょっとカナブンみたいな奥さんだったから、オパールという名前が似合っていたように思う。
結婚したものの、結婚時期が遅すぎたためか、エメラルドとオパールの間には卵は産まれず、2匹は翌春には、玄関に置かれたケースの中で動かなくなっていた。
息子は泣いた。
ちょんちょん、つついても動かない家族を、ティッシュで包んで、自分の部屋に持って行った。
私も、夫も、そんな息子を見て、もらい泣きした。
どうしても、庭に埋めるのは嫌だというので、二匹を標本にすることにした。
ほとんど息子が一人で、二匹を標本にした。
そして、前年の夏休みの工作で作った紙粘土のエメラルドと一緒に、標本たちを、ケーキの入っていた透明な空き容器に入れた。
息子はそれを、彼の学習机の上に飾った。
この標本は、それから10年経った今でも、息子の部屋の棚に置かれています。
息子のエメラルドは、今でもかっこいいです!
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