卒業を迎える君たちへ
車を運転しながら、何年かぶりに鼻血が出た。
期待と焦りと興奮と、4月のような陽気で少しのぼせたせいかもしれない。
近隣のケーキ屋さん巡りをして、3軒目も休みだった。
木曜は定休日が多い。
しかも、たまたま開いていたお店には、お目当ての商品が欠品していた。
「もういいか、ケーキはあきらめた!男子たちだから、パンにしよう!」
あと20分で娘を生活介護施設へ迎えに行く時間だったので、慌ててパン屋さんに飛び込み、手軽に食べられそうなパンを探した。
「アンパンマンの顔のパンなのに、チョコパンか!めちゃくちゃ可愛いな。」
他にも、あんぱんやピーナツパン、クリームパンなど、袋入りのパンを10個くらい買って、店を出た。
おやつは買ってあるし、珈琲や紅茶、緑茶もある。息子が話していたセノビーだって買ってあるし、バッチりだ!
息子の友だちが我が家へ遊びに来ることになっていた。
高専生活を5年間一緒に過ごした仲間たち。
彼らの名前やちょっとしたエピソードは息子から聞いていたので、実際に会えることに私はワクワクしていた。
彼らは学校での用事を済ませ、車数台に乗り合わせて、午後3時過ぎに家にやってきた。
玄関を埋め尽くすくらいのメンズたちのサイズ感に、おぉ!って思う。
息子の誘導で、みんなが順番に洗面所で手を洗ってくれていた。
難病の二女への心遣いに、キュンとなる。
狭いリビングに入ってもらって、名前当てゲームのように、息子から聞いているイメージで名前を呼んでみた。
ほとんど正解!
リビングには娘のベッドがあるので、空いている空間が狭い。
2階の息子の部屋でもよかったんだけど、リビングがいいって息子も言うので、ひっつきながら座ってもらって、とりあえずお茶やパン、お菓子を用意した。
私は二女から離れるわけにもいかず、彼らが談笑するリビングの隅っこで、黙って話を聞いていた。
彼らに悪いなぁって思ったけど、みんながいいですよ、って言ってくれて。
話の内容はあんまりわからない。
話のテンポも早く、まるで子どもたちのスマホの操作が早すぎて訳がわからなくなる時みたいに、1.5倍速くらいの彼らの話の展開と頭の回転を、ほぉ!って思いながら聴いていた。
低い声でずっと笑っている彼らを、愛おしく思った。
こうやって、学校でも笑って過ごしてきたんだろうな。
5年間のエピソードは、語っても語っても、尽きることはない。
息子が遭難した時の友だちも来ていて、ひとりでその時を回想していた。
学校祭のダンスメンバーも、いるなぁ、とか。
高専は基本的には各都道府県にひとつしかないので、みんなかなり広範囲の地域から集まってきている。
なかなか個性派揃いの、自分を持っている子たちだ、と話からも感じる。
そんな知らないひとりひとりがだんだん仲良くなり、すごく仲良くなった。
彼らのなかには進学の子も就職の子もいて、東北から九州まで、春からはバラバラになってそれぞれが生活していく。
そんなことをしみじみ思いながら、テンポのいい話に耳を傾けていた。
しばらくして、そろそろ夕飯の支度の時間になった。
そっとキッチンに行き、予定していたメニューの材料を冷蔵庫から出しかけて、ちょっと考えた。
もっとあのまま、彼らを一緒に居させてあげられないかな。
夕飯、20歳の男性7人分、今から急に作れるかな。
冷蔵庫の中のものを頭の中でぐるぐるさせて、量を増やせそうなメニューを考える。
ハヤシライスなら、すぐできるし、少なめかもしれないけれど、なんとか7人分いける。
早速ご飯を炊いて、材料を切りまくる。
副菜も、3品くらいはいけそうだ。
ご飯が炊き上がるまで40分。
彼らに声をかけた。
「夕飯食べていかない?あと40分あればできるから。みんな卒業したらなかなか会えなくな‥◯※△◯※△□※‥。」
言葉が上手く出てこなくて、何を言っているのかわからなくなった。
「母さん、いったん落ち着こか。」
と、息子にも言われ、思いがけず笑いをとってしまった。
みんなに快く「じゃあ、いただきます」って言ってもらって、俄然やる気スイッチが入る。
時間ピッタリにごはんが出来上がり、キッチンの4人がけのダイニングテーブルに料理を並べ、かき集めた椅子を7つ用意した。
キッチンへ移動した彼らは、スマホで写真を撮る子もいたり、「美味しそう!」って言ってくれる子もいたり。
男子にはちょっと物足りない量の夕飯になってしまったかもしれないけど、わいわいしながら食べている様子は、なんとも微笑ましい光景だった。
急なありあわせの簡単料理をきれいにぜんぶ食べてくれて、「寮母さんってこんな気持ちかなぁ」って、私が満足してお腹いっぱいになった。
一番嬉しかったのは、私だ。
*****
息子の友だちのみんなへ
来てくれてありがとう。
ごはんを、美味しいって食べてくれてありがとう。
次に来てくれる時は、おばちゃん得意の餃子を振る舞うからね。
そしてどうか、リビングのベッドで、まぶしい若者たちを眺めてニコニコしていた娘のことを、頭の片隅にちょこっと置いてくれたら嬉しいです。
エンジニアとして未来を創る君たちだからこそ、呼吸器を使って生きる彼女の存在を知っていてほしいな、と思うんです。
優しい世界を創ってほしいから。
おじさんになっても、またこうして集まって、わしゃわしゃしてね。
春からの君たちの新しい生活が、素晴らしい日々であることを願っています。
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