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息子の「高嶺の花子さん」

バイトで夜遅く帰ってきた息子が、黙々と夕飯を食べていた。
娘の世話が終わった私は、彼の横に座り、その横顔にせっせと話しかけた。

「あんたはさぁ、けして不細工じゃないんだけどねぇ。母さんはイケメンだと思うよ。なんでモテないのかなぁ。」

黙ったままの息子に、私はさらに続ける。

「なんていうか、いいヤツなんだよねぇ。『国民の弟』的な感じ、っていうかさぁ。」

息子が「バカだなぁ」って顔で、こちらを見る。

「大丈夫、大丈夫、そのうち彼女もできるから。高専は男ばっかりで、なかなか難しいからねぇ。働き出したら出会いもあるって。」

息子は、食べながらニヤリと笑った。

「どんまい、どんまい。まぁ、男友達と楽しくつるむのも、いいもんだよね!」

「おるよ。」

息子がぼそっと言うので、「何がおるんだよ」って訊き返した。


「彼女」


えっ!

えーーっ!

えーーーっ!

だ、だ、誰なん?誰なん?
誰よ、ていうか、いつの間に?


私は思わず椅子から立ち上がって、その場でぴょんぴょん跳ねた。

「え!可愛い?」

「は?そこ?」

あかん、あかん、ついつい、しょうもないことを訊いてしまった。

「え!バイト先の子?学校の子?地元の子?年下?年上?同級生?」

次から次へ、私ひとりが興奮して、はしゃいでしまう。


「母さんも、知っとる子やで。」

息子は私のうるさい質問を無視して、サラッとそう言うので、私は一瞬止まってから椅子に座り直した。

誰だ?私が知ってるって…。

頭の中でぐるぐる記憶を引っ張り出して、知っている女子を片っ端から言ってみたが、息子はずっと首を横に振っている。

「ダメだ、わからん。たぶんお母さんの知らない子やわ。」

と私が諦めかけた時に、息子が

「姉ちゃんも知ってるのに。」

と、覗き込むような目で私を見た。

息子と9歳も離れている長女が、息子の彼女を知っているなんて、ありえない。

すると、私の中で、頭の奥の古い記憶が蘇ってきて、キラキラと、ひとりの女の子が浮かびあがった。

まさか、まさか、まさかだけど

「カラちゃん(仮名)じゃないよね?まさかねぇ、違うよね。」

「そうだよ。」


私はまた立ち上がって、パシパシ息子の背中をたたき、

「えー!マジか!でかしたー!でかしたなぁー!あんた、すごいなー!」


と騒ぎながら、歓喜の舞を舞ってしまった。



心の底からびっくりした。
だって彼女は、息子が小学校時代に好きだった、彼の初恋の女の子なんだから。


彼らが小学3年生の頃だったと思うが、うちに遊びに来ていた息子の親友のたっちゃん(仮名)が

「琲音の息子は、カラちゃんがずっと好きなんだよ。」

と、私にこっそりと教えてくれたことがあった。
息子は自分からそんなことを教えてくれるタイプではないので、私はたっちゃんに「あらあら、サンキュー」って思った。

それを、当時高校生だった長女に話して、息子のクラス写真を一緒に見ながら、カラちゃんの可愛さに感動した覚えがある。

息子の美的センスに安心しつつも、『そりゃ、男子全員がカラちゃんを好きでしょ。じゃがいも息子よ、ごめん、無理やわ。君は彼女の視界に入りはしないよ。』と、息子本人に言うわけではないが、ついそう思ってしまった。

そのくらい、彼女は人気者で、しっかり者の、可愛らしい女の子だったのだ。

つまり、高嶺の花子さん。


なのに、なんでなん?
なんであんたが?
ていうか、あんたでいいの?
何があったん?


いろんな疑問を抱きつつ、私は息子とガッツリ握手をして、彼の肩に手を置き、彼にきっぱりと言った。

のがすなよ。」


我ながら、なんていう言葉を発する母ちゃんだろ。
訊きたいことは山のようにあるが、息子に嫌われたくないので、それ以上、野暮なことは訊かなかった。



私はこのびっくりニュース以来、無意識にback numberの「高嶺の花子さん」を歌いながら軽やかステップを踏みまくるくらいに、ふわりふわりと幸せ気分に浸っています。



ちょっと気が滅入り、私は最近あまり食べられなくなっていたのですが、子どもに幸せなことがあると気持ちがすごく楽になり、ご飯が美味しく食べられるようになりました。

今年の夏は、そんなハッピーなことも、ちゃんと私にくれました。


いつか息子が、カラちゃんをうちに連れて来てくれたら、私はお気に入りのエプロンをつけて、手料理を振る舞いたいなぁ、と思っています。






※息子には、このお話を記事にしてもいいよ、と快諾してもらいました。

でも、もちろん、序章の一部だけです。
これ以上は書いたらダメダメ。
キュンキュン話は、私の胸に大事にしまっておきます。



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