うれしはずかし風呂上がり
風呂上がり、洗面所で身体を拭いていたら、玄関から声がした。
「母さん!」と息子が私を呼んでいる。
玄関で私を呼ぶなんて、ケガでもしたのか、溝にハマって泥だらけなのか。
そんな溝、近所にないんだけど。
昔なら裸で飛び出して対応したけど、今ではバスタオルを巻いたって、さすがに裸では出て行けない。
「ちょっと無理ー!私、いま、風呂出たばっかり!」
「いいから、母さん!ちょっと来てよ!」
「だから無理って、まだほとんど全裸ー!」
すると、
「こんばんはー!」
と息子とはあきらかに違う声がした。
あの声は、たっちゃん。
え?どーゆうこと?
全裸、全裸って言ってしまったやん!
息子はその夜、たっちゃん、あおくん(仮名)という、地元の友だちと飲みに行っていた。
彼らは保育園からの親友で、恋人同士のように、中学生まではずっと息子と連んでいた子たちだ。
みんな進路はバラバラだけど、その日に連絡が来てもすぐに集合可能なくらいに、今でも大の仲良し。
成人式の日、彼らの待ち合わせ場所まで行っていたあおくんのママから、彼らの晴れの日の写真を送ってもらったので、スーツ姿の写真は見ることができた。
みんなすっかり大人になって、嬉しくなる。
スマホの待ち受けにしたいくらいだ。
成長した今の彼らに、私も一目でいいから会いたいな、と思った。
そんな話を息子にしたものだから、彼は気を利かせてくれて、飲んだ後、駅から歩いて帰ってきたついでに、たっちゃんに我が家へ寄ってもらったようだった。
あおくんは、実家を出ているので、そちらへ帰って、その場にはいなかった。
超高速で服を着た。
頭をタオルでガシガシ拭く。
たっちゃんに会いたいけど、私はノーメイクで頭は濡れてボサボサ。
しかもくたびれた毛玉たっぷりのフリースのパジャマ姿だ。
行きたいけど、行けない。
行けないけど、行きたい。
「いいから早く来てって。玄関を暗くしてるから顔は見えやんって。」
と、何度も息子が私を呼んでくる。
せっかくたっちゃんが来てくれたんだし、一目だけでも、と思い、タオルを首に巻いたまま、壁に少し隠れて顔だけひょこっと玄関の方に出してみた。
玄関の扉の向こう側に、外灯に照らされた若者2人が立っている。
彼らの顔は、私からはしっかり見えた。
「わぁ、たっちゃん、中学の卒業式ぶりかな!すっかり大人になって!かっこよくなっちゃって!わざわざありがとう。」
と、たっちゃんに向かって言ったあと、壁からもう少し身を乗り出して、少しだけ話をした。
「こんな格好で、やばいよね。」
と言うと、全然見えてないよ、って言いながら、息子たちの笑う顔がはっきり見えた。
「やっぱりそこから、私が見えてる、よね?」
に、2人が首を縦にコクンとする。
すぐに壁に隠れて、
「たっちゃん、これはいつものおばちゃんじゃないから。あぁ、イメージダウンかなぁ。こんなおばちゃんは忘れてね。またね、またゆっくり遊びに来てね。」
と叫ぶと、
「ありがとうございます。また来まーす。」
と言って、たっちゃんは帰って行った。
タイミング悪すぎる。
よりによって、風呂上がりとは。
清潔面では一番キレイだけど、見た目は一番ブサイクに見える姿だよ。
そのマックスみじめな姿のままリビングに入り、夫に玄関での状況を話すと、
「おまえ、その頭で会ったんか!海から出てきてワカメを被ってるみたいやぞ!」
と爆笑された。
わかっております。
私も身綺麗にして、塗り塗りして、ふわふわさせて、いろいろ若作りして、なんならスカート穿いて会いたいわ!
洗面所に戻り、鏡に映る自分にため息が出た。
「たっちゃん、どうか、おばちゃんを嫌いになっても、息子は嫌いにならないでね!」
と、どっかで聞いた言葉を脳内でリフレインしながら、ドライヤーをオンにした。
*****
息子がうちを出る日が迫り、最近の私はカレンダーを見つめる回数が激増しています。
たまにはうちで一緒に夕飯を食べよう、と言いたいくらいに彼は飛び回っているけれど。
それはそれでいいかって、微笑ましくも思っています。
ようやく、のような
いよいよ、のような
さみしいけれども、安堵のような
楽しみでもあるような
春ですね。
鮮やかな色が咲き乱れる、スタートの春です。
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