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スプートニクの恋人、読書感想文

村上春樹の小説は読み終わると、呼吸が深くなり、体が動かなくなるような余韻を残す。とくに「スプートニクの恋人」は、束の間の美しいものが不在であることを、語ってくれた。

「22歳の春にすみれは生まれて初めて恋に落ちた。広大な平原をまっすぐ突き進む竜巻のような激しい恋だった」書き出しの流れるような言葉に、つかまれる。その記念碑的な恋の相手は、17歳上で、既婚者で、つけくわえると女性である。この恋を「僕」を通して追体験し、3人は絡んで、消えていく。

ある出来事が起きた後で、自分の中身がそれ以前と変わること。外の皮だけ残して、自分が自分でなくなっていること。稲妻に撃たれたような衝撃を受ける出来事によって変わることもある。朝にお弁当をつくって、着替えて、玄関を出るような日常の延長で変わることだってある。僕は多くの土地を経験して、その土地のひとぽくなっていったと思う。自分の中身に、環境が流れ込んできて、考え方と行動が変わり始める。

ちなみに「スプートニク」というのは、ソ連が打ち上げた世界初の人工衛星「スプートニク1号」だ。言葉には「旅の連れ」という意味もある。物語には、地球を回り続ける孤独な存在として。かわす言葉もなく、約束もなく、ふとめぐり会い、重なり合い、そして永遠に別れていく存在として表現される。

僕たちの人生も、束の間の出会い、別れをくり返し、時間が流れていく。あったはずの自分の一部が流れていき、新しい自分が流れ着く。旅をともにする仲間も出会い、いなくなり、新しい人に自分が流れ着く。再会したり、別れたり、自分が流れるだけでなく流れ着く人もいる。人生は川を流れるように、または人を留めるように過ぎていくのだと小説から感じた。


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