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2人の三角形(短編小説)  #肉食と草食の物語

(2034字)

 高瀬さんは僕のことが好き、なのかもしれない。熱い視線を感じるし、バレンタインにはチョコレートをくれた。
 彼女はアルバイトスタッフの中でも優秀だ。指示をだせば的確に動いてくれるし、ミスをしたら必ず反省をして同じことは繰り返さない。
 それに、素直ないい子だ。そんないい子に本当のことを伝えたら、どれほど傷つけてしまうのだろうか。

🍫

 keliは大切な友だち。写真の中の彼女は綺麗でいつも輝いている。私の憧れの存在。
「インスタのフォロワーと揉めたら、アカウントを消してリセットすればいい」なんていう人もいるけど、私とkeliはそんな関係じゃない。出会って2年、DMでたくさんの話をしたし、今日も、悩む私の背中を押してくれた。
 桜井さんにチョコレートを渡そう。そう決心できたのは彼女のおかげだ。

🌸

 リサからバイト先のSさんについて相談された。どうやらSさんには好きな人がいるらしく、ショックを受けたようだ。

【でも彼女はいないんだよね? それならリサにもチャンスはあると思うよ】

 そう励ましてみると、バレンタインにおすすめのチョコレートブランドはどれかと質問された。
それならいい所がある。チョコは癖がなく甘すぎない、そしてパッケージがシンプルなお気に入りのお店だ。詳しい場所を伝えると、リサはとても喜んでくれた。
 うまくいくといいな、素直にそう思った。
 ただ、気になることが頭の隅には残っている。

📱

 春休みになったけど、何日もバイトに行っていない。「レポートが大変なんです」と嘘をついた。
 桜井さんに会いたいのに会いたくない。チョコなんて渡さなければよかった。

 ブブッ。

 枕元のスマホが震える。

🍽️

「あー! 桜井さんまたその人のインスタ見てる!」

 僕は咄嗟にスマホを隠したが、佐野君はそれを見逃してくれない。

「うるさいな。毎回毎回、僕のストーカー?」
「いいじゃないですか。こういう人がタイプなんですか? それにしても見過ぎじゃないですか? エアー彼女? あ、エアーではないか、日本のどこかに存在はしてますもんね」

 こういう話題になると本当にしつこい。彼のこのノリはたまに面倒になる。

「そうそう、彼女だよ」
「妄想の?」
「本当の彼女だよ。近所に住んでるし、写真は僕が撮ってる」

 面倒で早く静かになりたくて、つい、言わなくていいことを言ってしまった。

「ええ!? どういうことですか! 美人の彼女!? 詳しく教えてくださいよ!」
「佐野君、声大きい」逆効果だった。

 年齢が近いせいか、佐野君は僕に対して距離感が近い。コミュニケーションが取れるのは良いと思うが、今時の大学生にしては珍しい。

「お疲れ様です」

 休憩室に高瀬さんが入ってきた。僕は壁の時計を確認し、厨房に戻るためエプロンの紐を締めた。

「佐野君、時計見て。もう休憩時間終わるよ」
「やべ。すぐ行きます」

 仕事は真面目にこなしてくれるが、彼は少々軽いところがある。後になって、この日の会話を後悔した。

「お疲れ様」

 高瀬さんに挨拶し、休憩室のドアを閉めた。
 このとき、まず彼女に伝えたのだろう。
 佐野君は店の皆に、僕の美人の彼女の話を言いふらしていたのだ。

△▼△

 リサから連絡がない。恐らく、彼女の話が広まった頃からだ。
 Sさんというのは、やはり。
 リサに「伝えたいことがあるから会いたい」とDMを送る。無視されるかと思ったが、意外にも数分で返信がきた。

【桜井さんとのこと? まさか2人が知り合いで、しかも付き合ってるなんて、びっくりしたよ】
【ごめん。そのことで話がしたい】
【今からだったらいいよ。でも仕事でしょ?】

 仕事は、ある。今日は人手が足りない店舗へ夜のヘルプに入る。夜からの仕事はいつも憂鬱だが、これは不幸中の幸いというべきか。そのおかげで、今からリサに会う時間がある。

【わかった。じゃあ場所は、ファミレス近くの公園で】

 これを逃せば、彼女との繋がりが切れてしまうような気がした。
 急いで準備をして家を出る。緊張なのか不安なのか、胸が千切れそうなほど苦しい。傷つけるかも、なんて。本当は自分が傷つきたくないだけだろう。
 公園の入口から、ブランコに座る人影が見えた。近づくとこちらに気づき、彼女は驚いた表情になった。

「keli……! ほ、ほんもの」
「あ、えっと、これ」

 そう言って僕は、紙袋を高瀬さんに差し出した。

「え! keliって男の人だったの!?」
「あー、うん、そう、なんだけど」
「ごめんなさい! 声が低かったから……あ、でも、大学にも可愛い男の子いるよ! 一緒にメイクしたり買い物したり……あ、え、桜井さんと付き合ってるってことは、つまり……あ、ごめん! 偏見だよね! こういうの」
「これ、バレンタインのお返し!」

 喋り続ける彼女を遮り、強引に紙袋を押し付けた。中には、お気に入りのチョコレートブランドの限定品が入っている。

「ごめん。リサから聞くSさんの話、僕と似ているところが多くて、前から気になってたんだ。チョコも僕が教えたお店のものをもらったし……」

 高瀬さんは目を丸くして固まっていた。
 僕のメイク技術ってすごいんだな。

(終)


山根あきらさんの企画に参加させていただきます。

設定に少し手を加えても大丈夫、とおっしゃっていただきましたが、手を加えすぎたでしょうか……
面白い企画をありがとうございます!

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