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みっともない男の料理の劣等

料理は不思議だ。
他人が作る料理の味はよくわかるのに
自分で作ると途端に味がわからなくなる。

(塩加減…いいような気がするんだけど)

慣れない手つきでレシピを順番通りにこなし
ようやく出来た自分の料理の味がわからない。
マズいはずはないよ。レシピ通りなんだから。
でも美味いって確信が持てない。

確信がほしい。
「美味しい!」って言葉がほしい。
頼むから、言ってくれ。安心させてくれ。

でも誰も「美味しい」なんて言ってくれない。
普通の男が作る普通の料理に感想なんて出ない。
そりゃ当たり前だ。
ぼくだって母親の料理に対して
「美味しい!」なんて滅多に言わない。
なんで自分だけ褒められると思うんだ。王様か。

学生の頃、某料理漫画に影響されて
美味しい料理が作れる男になりたかった。

なんの変哲もない家庭のキッチンで
プロの料理人顔負けの料理ができるって
メッチャかっこいいじゃないか!
そんな単純な理由で。

でもそれはフィクションだと思い知らされた。
家庭の味がプロの料理人に勝てるわけがない。
どこにでもあるファミレスにだって惨敗だし。

美味しいものが食べたければ金を払えと。
それなりのお店に行くしかないってこと。
確かにそうだろう。そうじゃなきゃ変だ。
お得な食材で70点の味が出せれば万々歳。
それがフツー。普通。普通だよ。

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

「なにこれ!?メッチャ美味いんだけど?」

付き合い立ての女が弁当を作ってきてくれた。
何気なく食べたら思わず声が出てしまった。
なんだ?市販の惣菜でも使ったのか?
って疑ってしまうレベルで美味い。
いや、市販の惣菜の味付けではない。
よくある外食の濃い味付けではなく
優しい味わいなのがにくい。料亭かよ。
聞くと自分で作ったものだと言う。
・・・正直信じられない。

しかし、二度、三度と続いた弁当は
どれも美味しかった。・・・なぜだ?

自宅で一緒に料理を作った。
・・・手際がめちゃくちゃいい。
しかもちゃんと美味い。・・・なぜだ?

特別な材料なんて使ってない。
女はレシピなんて見ないでテキパキ作って
3品も4品も作り上げる。早すぎる。
しかも70点どころか100点レベルばかり。

もしかしなくても、そうだ。
この女は料理が上手いんだ。
嬉しさよりも信じられない感が強かった。

なんの変哲もない家庭のキッチンで
プロの料理人顔負けの料理ができるって
それはぼくがやりたかったことなのに!

なんだこの嫉妬の感情は?
みっともない。情けない。バカみたいだ。
・・・ああ、なるほど。
ぼくは結構みっともない男だったのか。
あー、ダサすぎ。

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

「え、そんなこと思ってたの?」

嫁と結婚する前に
みっともなく思っていたことを打ち明けた。
そしたら盛大に驚かれて、少し笑われた。

嫁の料理は今でも美味い。上手くて美味い。
料理のバリエーションが増えるばかりか
味のバリエーションも比例して増える。
料理を食べるたびに感動してしまう。
「最高に美味しい!ありがとう」
毎日口に出る。ほんとうに本当の本心。

ぼくが言ってほしかった言葉は
全部嫁にプレゼントするものだった。
ぼくは貰う側じゃなくて、渡す側だった。

自分の立ち位置が一つ分かって良かった。
美味しい料理を作るのは嫁のポジション。
美味しく食べて感謝して、ついでに綺麗に
キッチンを片付けるのがぼくのポジション。

ああ、でも、カレーだけはぼくの担当。
無駄に飴色玉ねぎまで作って仕上げる。
たまに「美味しい」って言ってくれる。
それで充分だったんだ。


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