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世界の風景に想いを馳せる(12月27日)

とある写真展に出かける。東京のいいところは「コレがしたい!」と思った時にそれに触れるチャンスがいくらでも転がっているところである。ただそれに気づくためには時間に自由があったり、心に余裕がなければいけなかったりする。1年前の自分は写真に興味を持つことになるなんて思ってもみなかった。今年に入って絵を勉強するようになってから写真のもつ美しさやそこから連想される物語に興味が湧いてきて自然とそういう場所に足を運ぶようになっていた。

僕が写真や絵などの創作の好きなところは「正解」がないところにある。唯一正解があるとすればそれを本当に自分が愛せているかということ。コンクールなどでその作品の価値を決めなければいけないこともあるが、それはあくまで他人軸の正解であって自分の持つ正解ではない。だからこそその作品により自分という色を残すために何が好きで、それのどこが好きで、どういう理由で好きで、それはどういう状況なのかを知っておく必要がある。これは簡単なことではないしそれを知るためにはより多くのものに触れる必要がある。

今日の展示は「ウェスアンダーソンすぎる写真展」映画監督ウェスアンダーソン好きのインスタグラムコミュニティ(通称AWA)によるウェスアンダーソン作品の世界を体現したような風景写真を集めた展示だ。僕はこの人の作品を知ってはいるものの見たことはない。よってこの展示がどんなものなのか一歳事前情報はなかった。

入ってしばらくしたところでこの展示が世界の風景写真を中心に構成されていることに気づいた。ヨーロッパの美しい街並みからアメリカ、中東、南極、日本など実に様々な国の写真たち。そのどれもがパタっと折ってしまえそうなほど綺麗なシンメトリーで形成されていて、脳に直接届きそうなほど鮮やかな色彩で映し出されている。中にはいくつか行ったことのある国もあり、その時のことを思い出しながら自分の目で見た景色と照らし合わせて写真に向き合った。

インドにて🇮🇳

この写真まるで絵に見えないだろうか。僕もそう思って近づいてみたのだが、紛れもなく写真である。僕は10月にインドに行ったばかりなので分かるが、この写真確かにインドのありふれた景色そのものである。でも決して日本でこの雰囲気を出そうと思っても出ないインドならではの景色。どうしてこうも国によってその雰囲気が、この小さな1枚から伝わってしまうのか不思議で仕方なかった。

インドにいる時もそうだったが、その場にいるとどこにであるその景色にこそ価値があるということをついつい忘れがちになってしまう。いつも歩く道、いつも見る車、いつも帰る家、その中にこそ自分の心が揺さぶられる景色や思い出があり、日本の良さがたくさん詰まっていることに改めて気づかされた。

帰り際好きなカメラを1台買って気ままに写真を撮るのもいいかもしれないと携帯でカメラの値段を検索してみて驚愕した。高いとは聞いていたがその想像よりも0がひとつ多いではないか。iPhoneのカメラで十分だな。この気持ちはぬか漬けのように食べ頃になるまで心の奥でひっそりと漬け込んでおくことにした。


【好きな写真をいくつか紹介】

アメリカ🇺🇸シカゴ
スロバキア🇸🇰
南極🇦🇶

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