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アフリカ縦断鉄道旅2日目


目の前で派手なジャンパーを羽織った40代ぐらいの男性が唾を飛ばしながらスワヒリ語で何かを叫んでいる。僕の左斜め前にはアメリカ人の男女が2人。男は『the elephant whisperer 』という分厚い本を半分ぐらいまで読み進めていて、女は机に足を投げ出してスマホをいじっている。少し開いた窓から陽の光が差し込む度に、目を細める。
僕のスマホから流れるLady Gaga の『Born this way 』が、列車の揺れる音や周りの人の話し声と噛み合っている気がしないでもない。
この2日間、変わらない景色だ。明らかにひどく酔っ払った目の前のこの男以外は。

男が差し出してきた手を握り、そのまま離そうとしない手を半ば強引に振りほどく。
ただでさえスワヒリ語なのに呂律が回っておらず何を言っているか分からない男と、せめて英語で喋ってよ、何言っとるか全然分からんわ、と訴える僕。この試合にはピッチャーしかいない。お互いの球を受け取ろうともせずにただ投げ合う。

さすがに投げる球が尽きたのか、男はアメリカ人の席に向かっていき、僕の時と同じ様にスマホの彼女に絡み出した。隣で彼氏が明らかに嫌な顔をしている。そういえば、この2人が笑っているのを見たことがない。
どうなるのかを見守りながら、頭の中には昨日の情景が、窓からの
風と共に流れ込んでくる遠いどこかの微かな匂いにつられるようにして、再生のボタンが押されて流れ出す。

昨日の夜もまた、大変な夜だった。
ザンビアとの国境付近で列車が故障して何時間も止まり、その間同部屋の友達が何処からか知り合いを呼んで来て、僕の部屋はお祭り騒ぎ。4人用の部屋には10人近くが集まり、下段にある僕のベッドには4人が座っていた。
少し部屋の外に出て帰ってくる度に人が増え、ベッドの下には知らない荷物や穀物が敷き詰められている。
誰もが負けじと大声で話し、歌い、笑う。
とにかく、その内の2人が実はイミグレーションの役人で、急にパスポートを見せてと言ってきてスタンプを押してくれた時には驚いた。彼女たちは大きなお尻を振りながら、「また日本に連れてってね〜!」と言って列車の外の闇の中に去っていった。

そんな部屋から出て少し歩いた所にある休憩室に行く時は毎回、そのギャップに少し戸惑う。列車に乗る数少ない外国人のうちの2人と出会うのはいつもそこだ。さっきまでの喧騒はまるで嘘であったかの様に、そこでは時間が静かにただ流れている。車両をまたぐあの薄いブルーの扉は、実はどこかの未来から来た猫型ロボットが忘れていったのかもしれない。

そんな事をぼんやりと考えていると、視界の隅でアメリカ人の男が酔った男を追い払っているのが見えた。
男がふらついた足取りで去った後に、こちらを見てやれやれといったジェスチャーをした後に、微笑みながら口を開く。
「本当にLady Gagaが好きなんだね」

スマホからは『Million reasons 』が流れ始めていた。

扉を開けて休憩室に入ってきた男が列車の揺れによろめき、抱えられていた赤ちゃんが壁に頭をぶつけて、まるで機械仕掛けのおもちゃのバネが外れた時のように激しく泣き叫ぶ。
男は目が合うと困った様に苦笑いをし、僕は近づいて精一杯の変顔をしてみる。
腕の中の赤ちゃんはそれを見るとますます激しく泣き出した。
どうやら逆効果だったみたいだ。

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